まどゐ。

~ おもゐを嗣ぎ、おもゐを纏ひ、おもゐを遣る ~ 

【怪談牡丹灯篭 二】 華の薫りに誘われて舞う二匹のてふてふ 之編

 【今日のこよみ】旧暦2014年 1月 24日赤口  四緑木星

         乙丑 日/丁卯 月/甲午 年 月相 23.2 下弦

         雨水 初候 土脉潤起(つちのしょううるおいおこる)  

 

【今日の気象】 天気 晴れ 気温 0.8℃ 湿度 62% (大阪 3:00時点) 

 

【前回のあらすじ】

寛保4年の正月、湯島天神の参道へと繋がる大通りにある刀屋 藤村屋新兵衛をふらっと訪れた齢二十一、二の美青年。この美青年がある刀に目を留め、店主の新兵衛と値決めのやりとりをしていると、一人の酔っ払い浪人黒川孝蔵が、美青年のお供に因縁をつけ出した。人通りの多い大通りの喧嘩沙汰、すぐに周りはやじ馬であふれ、好き勝手に喧嘩を煽りだす。当初は平穏に喧嘩を収めようとした美青年だったが、孝蔵に顔面に痰を吐き捨てられ、遂に堪忍袋の緒が切れて、この浪人をシュンシュンと、一刀両断斬り捨てた。

 

 

さて、飯島平太郎様は、お年二十二の時に悪者を斬り殺しても、ちっとも動ぜぬ剛毅(ごうき)の胆力でございましたれば、お年をとるにしたがい、益々知恵が進みましたが、その後、御親父様(ごしんぷさま)には亡くなられ、平太郎様には御家督を御相続あそばし、御親父様の御名跡をお継ぎ遊ばし、平左衛門と改名され、水道端の三宅様と申し上げるお旗本から奥様をお迎えになりまして、程なく御出生のお女子をお露様と申し上げ、すこぶる御器量よしなれば、御両親は掌(たなごころ)の璧(たま)と愛で慈しみ、後にお子供が出来ませず、一粒種の事なれば、なおさらに撫育(ぶいく)されることこの上なし。

 

ひま行く月日に関守なく、今年は早や嬢様は十六の春を迎えられ、お家もいよいよ御繁昌でございましたが、満ちれば欠くる世のならい、奥様にはふとした事が元となり、遂に帰らぬ旅路に赴かれましたところ、この奥様のお附きの人に、お國と申す女中がございまして、器量人並みに優れ、ことに立ち居振る舞いに如才無ければ、殿様にも独り寝の閨(ねや)淋しいところから、いつかこのお國にお手がつき、お國はお妾となり済ましましたが、奥様のない家のお妾なれば、お羽振りもずんとよろしい。

 

しかるに、お嬢様はこのお國を憎く思い、互いにすれすれになり、國國と呼び付けますると、お國はまたお嬢様に呼び付けられるを厭に思い、お嬢様のことを悪しざまに殿様にかれこれと告げ口をするので、嬢様と國との間、何となく落ち着かず、されば飯島様もこれを面倒と思いまして、遂には柳島辺にある家を買い、嬢様にお米と申す女中を附けて、この家に別居させて置きましたが、これが飯島様のあやまりにて、是よりお家に陰気が流れ出す初めでございました。

 

さて、其の年も暮れ、明くれば嬢様も十七歳にお成りあそばした。ここにかねて飯島様へお出入りのお医者に、山本志丈(しじょう)と申す者がございます。

 

この人一体は、漢方医ではありますけれど、実は太鼓医者の口達者で、諸人助けのために匙を手に取らないという人物でございますれば、大概のお医者なれば、ちょっと紙入れの中にも丸薬か散薬でも入っていますが、この志丈の紙入れの中には手品の種やお面などが入れてある位なものでございます。

 

さて、この医者の知己(ちかづき)で、根津の清水谷に田畑や貸し長屋を持ち、その家賃で生計を立てている浪人の、萩原新三郎と申します者が有りまして、生まれつき美男で、年は二十一なれどもまだ妻をもめとらず、独り身で暮らす鰥(やもめ)に似ず、極内気でございますから、外出も致さず閉じこもり、鬱々と書見のみをしております所へ、ある日志丈が尋ねて参り、

 

「今日は、天気も宜しければ、亀井戸の臥龍梅(がりょうばい)へ出かけ、その帰るさに、僕の知己の飯島平左衛門の別荘へ寄りんしょう。いえサ君は一体内気でいらっしるから、婦女子にお心がけなさいませんが、男子にとっては、婦女子位楽しみなものはないので、今申した飯島の別荘には婦人ばかりで、それはそれは余程べっぴんな嬢様に、親切な忠義の女中とただ二人きりですから、冗談でも申して来ましょう。本当は、嬢様のお顔を見るだけでも結構なくらいで、梅もいいが、動きもしない口もききません。されども婦人は口もきくしさサ、動きもしますし、温もりもござんす。僕などは助べえのたちだから、余程女の方がよろしい。マァ兎にも角も来たまぇ」

 

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と誘い出しまして、二人連なって臥龍梅へ参り、その帰り路に飯島の別荘へ立ち寄り、

 

 「ごめん下さい。誠にしばらく」

 

という声を聞き付け、

 

「どなた様です。おやおや、よくいらっしゃいました」

 

「これは、お米さん。其の後は遂にない存外の御無沙汰を致しました。嬢様にはお変わりもなく、それはそれは頂上頂上、牛込からここへお引き移りになりましてからは、何分にも遠方ゆえ、存じながら御無沙汰になりまして誠に相すみません」

 

「まぁまア、貴方が久しくお見えなさいませんからどうなさったかと思って、毎度お噂を申しておりました。今日はどちらへ」

 

「今日は、臥龍梅へ梅見に出かけましたが、梅見れば方図がないという例えの通り、まだ飽き足らず、御庭中の梅花を拝見いたしたく参りました」

 

「それはそれは、よくいらっしゃいました。まぁまァこちらへお入りあそばせ」

 

と庭の切り戸を開きくれれば、

 

「しからば、ごめん」

 

と庭口へ通ると、お米は如才なく、

 

「まあ、一服召し上がりませ。今日はよくいらっしゃいました、ふだんは私と嬢様ばかりですから、淋しくって困っているところ、誠にありがとうございます」

 

「結構なお住まいげすな。。。さて、萩原氏、今日の君のお名吟には恐れ入りましたな、何とか申したな、えぇと『煙草には すり火のむまし 梅のなか』とは、感服感服、僕などの横着者には出る句もやはり横着で『梅ほめて 紛らかしけり 門違い』かね、君のように書見ばかりして、鬱々としていてはいけませんな、さっきの残り酒がここにあるから一杯あがれよ、ほらぁ。。。。。何ですかい、厭ですかい。。。。。それでは独りで頂戴いたします」

 

瓢箪を取り出すところへ、お米出で来たり。

 

「どうも、どうも」

 

「今日は、嬢様に拝顔を得たく参りました。ここに居るは、僕が極の親友です。今日は手ぶらで相すみません。これは、これは、ありがとうございます。お菓子を、羊羹すか、是は恐れ入ります、結構、結構。萩原君、召し上がりなさいよ」

 

「ここの家は、女二人きりで、お菓子などは方々からもらっても、食い切れずに積み上げて置くものだから、皆カビを生やかして捨てるくらいのものですから、食ってやるのが却って親切ですから、さぁ、召し上がりなさいよ。実にこの家のお嬢様は、天下に無い美人です。今に出てらっしゃるから御覧なさい」

 

と、おしゃべりしているところへ、向かいの四畳半の小座敷から、飯島のお嬢様お露が人珍しいから、障子の隙間からこちらをのぞいて見ると、志丈のそばに座っているのは、例の美男子萩原新三郎にて、男ぶりといい、品といい、花の顔(かんばせ)月の眉、女子にして見まほしき優男(やさおとこ)だから、ゾクッと身に染み、どうした風の吹きまわしであんな綺麗な殿御(とのご)がここへ来たのかと思うと、カアッとのぼせて、耳たぶが火の如くカッと真紅になり、何となく間が悪くなりましたから、ハタッと障子を閉め切り、内へ入ったが、障子の内では、男の顔が見られないから、又そぞろ障子を開けて、庭の梅を眺める振りをしながら、ちょいちょいと萩原の顔を見て又恥ずかしくなり、障子の内へ入るかと思えば又出て来る。

 

出たり引っ込んだり引っ込んだり出たり、モジモジしているのを志丈が見つけて、

 

「萩原君、君を嬢様がさっきからシゲシゲと見ておりますよ。梅の花を見る振りをしていても、眼の玉はまったくこちらを見ているよ。今日はトンと君に蹴られたね」

 

と言いながらお嬢様の方を見て、

 

「あれっ又ひっこんだ。アラ又出た。引っ込んだり出たり出たり引っ込んだり、まるで鵜の水飲み水飲み、ハハ」

 

と騒ぎ、どよめいている所へ下女のお米出で来たり

 

「嬢様から一献申し上げますが何もございません。ほんの田舎料理でございますが、ごゆるりと召し上がり、相変わらず貴方の御冗談を伺いたいとおっしゃいます」

 

と、酒肴を出せば、

 

「どうも、恐れ入りましたな。へぃ、これはお吸い物有難うございます、冷えた身体に染みわたりますな。さっきから冷酒は持参致しておりまするが、熱燗は又格別至極、有難うございます。どうぞ、お嬢様にもいらっしゃるようにと。今日は梅じゃあない実はお嬢様を、いやなになに」

 

「ホホホ、、、只今左様に申し上げましたが、お連れの方を御存じないものですから間が悪いと仰いまして、それならお止し遊ばせと申し上げましたところが、それでも行ってお会いしたいと仰いますの」

 

「いや、これは僕の真の親友にて、竹場の友と申してもよろしい位なもので、御遠慮には及びませぬ。何とぞちょっと嬢様にお目にかかりたくって参りました」

 

と言えば、お米はやがてお嬢様を伴い来たる。嬢様のお露様は恥ずかしげにお米の後に座って、口のうちにて

 

「志丈さん、いらっしゃいまし」

 

と言った切りで、お米がこちらに来ればこちらに来、あちらへ行けばあちらへ行き、始終女中の後ろにばっかりくっついて居る。

 

「存じながら御無沙汰に相成りまして、いつも御無事で。この人は僕の親友の萩原新三郎と申します。独り身でございますが、お近づきの為ちょっとお盃(さかづき)を頂戴致せましょう。おやおやこれでは何だか御婚礼の三三九度のようでございますな」

 

と少しもたれ間なく取り巻きますと、嬢様は、恥ずかしいが又嬉しく、萩原新三郎は横目にジロジロ見ない振りをしながら見て居ります。と気があれば眼は口ほどに物を言うという例えの通り、新三郎もお嬢様の艶姿に見とれ、魂も天外に飛び去る勢い。

 

そうこうするうちに夕刻となり、灯りがちらちらとつく時刻となりましたけれども、新三郎は一向に帰ろうと言わないから、

 

「大層に長居を致しました。サさぁお暇致しましょう」

 

「何ですねぇ志丈さん。貴方はお連れ様もありますから、まぁイイじゃアありませんか。泊って行きなさいな」

 

「僕は宜しゅうございますョ。泊って参っても宜しゅうございます」

 

「何だい、僕一人が憎まれ者じゃないかい。しかし又かような時は憎まれるのが却って親切。だめですヨ、今日はこれまでとして、おさらば、おさらば」

 

「ちょっと厠を拝借致しとうございます」

 

「ササぁ、こちらへいらっしゃいませ」

 

と先に立って案内を致し、廊下伝いに参り

 

「ここが嬢様のお部屋でございますから、まアお入り遊ばして一服召し上がっていっしゃいまし」

 

新三郎は「ありがとうございます」と言いながら用場へ入りました。

 

「お嬢様ぇ、あのお方が、出ていらっしゃったらば、お手水を掛けておあげ遊ばせ、お手ぬぐいはここにございます」

 

と新しい手ぬぐいを嬢様に渡し置き、お米はこちらへ帰りながら、お嬢様がああいうお方のお世話をして差し上げたならば、さぞお嬉しかろう、あのお方は余程御意にかなった様子。

 

と独りごとを言いながら元の座敷へ参りましたが、忠義も度を外すと却って不忠に陥りて、お米は決して主人に猥(みだ)らなことをさせるつもりではないが、いつも嬢様は別にお楽しみもなく、ふさいでばかりいらっしゃるから、こういう冗談でもしたら少しはお気晴らしになるだろうと思い、主人のためを思ってしたので。

 

さて、萩原が便所から出て参りますと、嬢様は恥ずかしいのが一杯で、只ぼんやりとしてお水を掛けましょうともなんとも言わず、湯桶を両手にかかえているのを、新三郎は見てとり、

 

「是は恐れ入ります、はばかりさま」

 

と両手を差しのべれば、嬢様は恥ずかしいのが一杯なれば、目もくらみ、見当違いのところへ水を掛けておりますから、新三郎の手もあちらこちらと追いかけてようよう手を洗い、嬢様が手拭をと差し出してもモジモジしているうち、新三郎もこのお嬢は真に美しいものと思い詰めながら、すぅつと手を出し取ろうとすると、まだもじもじしていて放さないから、新三郎も手拭の上からその手をじっと握りましたが、この手を握るのは誠に愛情深いものでございます。お嬢様は手を握られ真っ赤になって、又しっかりその手を握り返している。

 

こちらは、山本志丈が新三郎が便所へ行き、あまり手間取るをいぶかり、

 

「新三郎君はどこへ行かれました。ささぁ、帰りましょうぞ」

 

とせきたてれば、お米はごまかし、

 

「貴方、なんですねぇ。おや、あなたのお頭(つむり)がピカピカ光って参りましたよ」

 

「何ですか、それは。灯火を持って見遣るから光りますわな。荻原氏やい、荻原氏やい」

 

と呼びたてれば、

 

「何ですねぇ、よろしゅうございますよ。貴方もお嬢様のお気質を御存じではありませんか。お堅いから仔細はありませんよ」

 

と言って居ります所へ、新三郎がようよう出て来ましたから、

 

「君、どちらにいました。イザ帰りましょうぞ。左様なればお暇致します。今日は色々と御馳走に相成りました。ありがとうございました」

 

「左様なら。今日はまァ誠にお草々さま、さようなら」

 

と志丈新三郎の両人は打連れだって帰りましたが、帰るときにお嬢様が新三郎に

 

「貴方また来て下さらなければ私は死んでしまいましてョ」

 

と無量の情を含んで吐かれた言葉が、新三郎の耳に残り、しばしも忘れる暇はありませなんだ。

 

 

 因縁なる邂逅 之編につづく