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まどゐ。

~ おもゐを嗣ぎ、おもゐを纏ひ、おもゐを遣る ~ 

【怪談牡丹灯篭 三】 因縁なる邂逅 之編

 

【前回のあらすじ】

 飯島平太郎が浪人黒川孝蔵を斬り捨てた日から幾年かが過ぎ、平太郎は御親父(ごしんぷ)の名前平左衛門を継ぎ、奥方を迎い入れ、一粒種の娘御お露も生れ、満ち満ちた日常を送っていた。しかし、満ちれば欠けるのが世の習い。飯島家も奥方が亡くなり、平左衛門が奥方に仕えた女中お國を妾にするなど、家内に陰気の風が吹き始めた。妾のお國と娘のお露の間が険悪となり、お露と女中のお米(よね)が別宅に住まいを移す。そんな折り、その別宅を飯島家出入りの漢方医山本志丈(しじょう)とその親友浪人萩原新三郎がお露を目当てに尋ねることとなった。これは宿縁の出会いであり、お互いが引かれ合うのは必然の事。お露十七歳、新三郎二十一歳、梅の花薫る春の日の夕刻のことだった。

 

さても、飯島様のお屋敷の方にては、お妾お國が目一杯の我がままを働くうち、今度抱え入れた草履取りの考助は、年頃二十一二にて色白の綺麗な男ぶりで、今日しも三月二十二日殿様平左衛門にはお非番でいらっしゃれば、庭先へ出て、あちらこちらを眺めおられる時、この新参の考助を見かけ、

 

「これこれ手前は考助と申すか」

 

「へい殿様には御機嫌よろしゅう、私は考助と申しまする新参者でございます」

 

「其の方は新参者でも蔭日向なく、よく働くといって大分評判がよく、皆の受けがよいぞ、年頃は二十一二と見えるが、人柄といい男ぶりといい、草履取には惜しいものだな」

 

「殿様には、この間中御不快でございましたそうで、お案じ申し上げましたが、さしたる事もございませんか」

 

「おおぅ、よく尋ねてくれた、別にさしたる事もないが。して手前は、今までどこかで奉公したことがあったか」

 

「へぃ、只今まで方々奉公も致しました。先ず、一番先に四谷の金物商へ参りましたが一年程居りまして飛び出しました。それから、新橋の鍛冶屋へ参り、三月程過ぎて飛び出し、又仲通りの絵草紙屋へ参りましたが、十日で飛び出しました」

 

「おいおい、其の方のようにそう飽きては奉公は出来んぞ」

 

「いえ、私が飽きっぽいのではございませんが、私はどうぞして武家奉公が致したいと思い、其の訳を叔父に頼みましても、叔父は武家奉公は面倒だから町家へ行けと申しまして、あちらこちら奉公にやりますから、私も面当てに飛び出してやりました」

 

「その方は、窮屈な武家奉公をしたいというのはいかがな訳じゃ」

 

「へぃ、私は武家奉公を致し、お剣術を覚えたいのでして、へい」

 

「はて、剣術が好きとな」

 

「へい、番町の栗橋様が、こちら様は新影流の御名人と承りました故、何とかして御両家の内へ御奉公にあがりたいと思いましていましたところ、ようようの思いでこちら様へお召抱えに相成り、念が届いて有難うございます。どうぞ、お殿様のお暇の節には、少しづつにてもお稽古が願われようかと存じまして参りました。こちら様には若様でもいらっしゃいます事ならば、若様のお守をしながら皆様がお稽古をあそばすのをお側で拝見致していましても、型ぐらい覚えられましょうと存じましたに、若様はいらっしゃらず、お嬢様には柳島の御別荘にいらっしゃいまして、お年はお十七とのこと、これが若様なれば余程よろしゅうございますに、お武家様にはお嬢様は糞ったれでございますなア」

 

「ハハハ、、、遠慮のない奴。これは、大いに左様だ。武家では女は実に糞ったれだのう」

 

「うっかりと飛んでもないことを申し上げ、お気に障りましたらご勘弁を願います。どうぞ只今もお願い申し上げまする通り、お暇の節にはお剣術を願われますまいか」

 

「このほどは、役が替ってから稽古場もなく、誠に多端ではあるが、暇の節に存分に教えてもやろう。其の方の叔父は何商売じゃの」

 

「へい、あれは本当の叔父ではございません。親父の店請けで、ちょっと間に合わせの叔父でございます」

 

「何かぇ、母親はいくつになるか」

 

「母親は、私の四っつの時に私を置き去りに致しまして、越後の国へ行ってしまったそうです」

 

「左様か。大分不人情な女だの」

 

「いえ、それと申しまするのも親父の不身持に愛想を尽かしての事でございます」

 

「親父はまだ存生かの」

 

と問われて、考助は

 

「へぃ」

 

と言いながら、しおしおと申しまするには、

 

「親父も亡くなりました。私には兄弟も親類もございませんゆえ、誰あって育てる者もないところから、店請けの安兵衛さんに引き取られ、四っつの時から養育を受けまして、只今では叔父分となり、かようにこちら様へ御奉公に参りました。どうぞ、いつまでもお目掛けられて下さいませ」

 

と言いさして、はらはらと落涙を致しますから、飯島平左衛門様も目をしばたたき、

 

「感心な奴じゃ。手前ぐらいな年頃には親の命日さえ知らずに暮らすものだに、親はと聞かれて涙を流すとは、親孝行な奴じゃて、親父が最近亡くなったのか」

 

「へぃ、親父が亡くなりましたのは、私が四っつの時でございます」

 

「それでは、両親の顔も知るまいのぅ」

 

「へい、ちっとも存じませんが、私の十一歳の時に初めて店請けの叔父から母親のことや父親のことを聞きました」

 

「親父はどうして亡くなったのかぇ」

 

「へぃ、斬り殺されて、、、」

 

と言いさして、わあっとばかりに泣き沈む。

 

「それは、又いかがの間違いで、とんでもない事であったのう」

 

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「左様でございます。今から十八年前、湯島天神の大通りの藤村屋新兵衛と申しまする刀屋の前で斬られました」

 

「そ、それはいつの事だの」

 

「へぃ、正月のことだと申すことでございます」

 

「シテ、手前の親父は何と申す者だ」

 

「元は、小出様の御家来にて、お馬廻りの役を勤め、食禄百五十石を頂戴致しておりました黒川孝蔵と申しました」

 

と言われて、飯島平左衛門はギクリと胸にこたえ、びっくりし、指折り数うれば、十八年前いささかの間違いから手に掛けたのはこの考助の実父であったのかと、おれを実父の仇と知らず奉公に来たのかと思えば、何とやら心悪しく思いましたが、素知らぬ顔をして、

 

「それは、さぞ残念に思うであろうな」

 

「へい、親父の仇討ちが致しとうございますが、何を申しますにも相手は立派なお侍様でございますから、どう致しましても剣術を知りませんでは、親の仇討ちは出来ません故、十一歳の時から今日まで剣術を覚えたいと心がけておりましたが、ようようのことでこちら様へ参りまして、誠に嬉しゅうございます。これからは剣術を教えて戴き、覚えました上は、それこそ死に物狂いに成って親の仇を討ちますから、どうぞ剣術を教えて下さいませ」

 

「考心な者じゃ。教えてやるが、手前は親の仇を討つと言うが、敵の面体を知らんで居て、相手は立派な剣術遣いで、もし今おれが手前の仇だと言って、みすみす鼻先に敵が出たら、その時はどうするのじゃ」

 

「困りましたな、みすみす鼻の先へ仇が出れば、仕方ございませんから、立派な侍でもかまいません。グワッと飛びついて、のど笛にでも食いちぎってやります」

 

「気性な奴じゃ。心配いたすな。もし仇の知れたその時には、この飯島が助太刀をして仇をきっと討たせてやるから、心丈夫に身をいとい、随分大切に奉公しろ」

 

「殿様、本当にあなた様が助太刀をして下さいますか。有難う存じます。殿様がお助太刀をして下さいますれば、敵の十人位は出て参りましても大丈夫でございます。あぁ、有難うございます、有難うございます」

 

「おれが助太刀をしてやるのをそれ程までに嬉しいか、愛い奴じゃ」

 

と飯島平左衛門は、考心に感じ、折を見て自ら考助の仇だと名乗り、討たれてやろうと、常に心に掛けておりました。

 

  

  

真昼の夢 之編につづく