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まどゐ。

~ おもゐを嗣ぎ、おもゐを纏ひ、おもゐを遣る ~ 

【怪談牡丹灯篭 十四】 あぁ哀しき地獄絵図 之編

 
【前回のあらまし】
飯島の家内の盗金騒動は、主人平左衛門が機転にて一件落着。ところが、明日は遂に、お國と源次郎の平左衛門殺し決行の日。考助は平左衛門に釣りに行くのを止める旨の進言致すも叶わず。しからばと、お國と源次郎をこの夜屋敷内で突き殺し、己も自害する決心を固める。平左衛門が器量で考助の企みを見破り、今こそ過年の仇を討たせる機なりと、源次郎に扮装す。あぁ運命の糸は如何に紡がれるのか。この世の縁(えにし)は酷なもの。考助が槍に平左衛門が突かれ、深手の中で平左衛門は二人の因縁を告白す。平左衛門は飯島家復興を考助にかけ、予(あらかじ)め記した書き置きを考助に渡した。考助この書き置きを携え、義父の相川新五兵衞が屋敷に駈け込んだ。
 
かたや、平左衛門が亡き娘お露と女中お米が幽霊の、新三郎への未練猛々し。金100両と引き換えに、非人(ひとでなし)の伴蔵夫婦を使って、新三郎が纏(まと)うお守りをはぎ取ることに成功し、邪鬼二匹が屋敷に入る。あぁ、新三郎が因縁は酷なもの。運命が糸を紡ぐ天の意図は如何。
 
 
伴藏は畑へ転がりましたが、両人の姿が見えなくなりましたから、震えながらようよう起き上がり、泥だらけのまま家へ駈け戻り、
 
「おみねや、出なよ」
 
「あいよ、どうしたえ、まア私は暑かったこと、あぶら汗がビッショリ流れる程出たが、我慢をして居たよ」
 
「手前は暑い汗をかいたろうが、おれア冷てえ汗をかいた、幽霊が裏窓から這入って行ったから、萩原様は取り殺されて仕舞うだろうか」
 
「私の考えじゃア殺すめえと思うよ、あれは悔しくって出る幽霊ではなく、恋しい恋しいと思っていたのに、お札が有って這入れなかったのだから、これが生きている人間ならば、お前さんは余りな人だとか何とか言って口説でも言う所だから殺す気遣はあるまいよ、どんな事をしているか、お前見ておいでよ」
 
「馬鹿をいうな」
 
「表から廻ってそっと見ておいでヨウ早くネ」
 
といわれるから、伴藏は抜き足して萩原の裏手へ廻り、暫らくして立ち帰り、
 
「大層長かったね、どうしたえ」
 
「おみね、なるほど手前の言う通り、何だかゴチャゴチャ話し声がするようだから覗いて見ると、蚊帳が吊ってあって何だか分らないから、裏手の方へ廻るうちに、話し声がパッタリとやんだようだから、大方仲直りがあって幽霊と寝たのかも知れねえ」
 
「いやだよ、つまらない事をお言いでない」
 
という中に夜もしらしらと明け離れましたから、
 
「おみね、夜が明けたから萩原様の所へ一緒に往って見よう」
 
「いやだよ私ゃ夜が明けても怖くっていやだよ」
 
というのを、
 
「マア往きねえよ」 
 
と打ち連れだち。
 
「おみねや、戸を開けねえ」
 
「いやだよ、何だか怖いもの」
 
「そんな事を言ったって、手前が毎朝戸を開けるじゃアねえか、ちょっと開けねえな」
 
「戸の間から手を入れてグッと押すと、つっかえ棒が落ちるから、お前お開けよ」
 
「手前そんな事を言ったって、毎朝来て御膳を炊いたりするじゃアねえか、それじゃア手前手を入れてつっかえだけ外すがいい」
 
「私ゃいやだよ」
 
「それじゃアいいや」
 
と言いながらつっかえを外し、戸を引き開けながら、
 
「御免ねえ、旦那え、旦那え、夜が明けやしたよ、明るくなりやしたよ、旦那え、おみねや、音も沙汰もねえぜ」
 
「それだからいやだよ」
 
「手前先へ入れ、手前はここの内の勝手をよく知っているじゃアねえか」
 
「怖い時は勝手も何もないよ」
 
「旦那え、旦那え、御免なせえ、夜が明けたのに何怖いことがあるものか、日の恐れがあるものを、なんで幽霊がいるものか、だがおみね世の中に何が怖いッてこの位怖いものア無えなア」
 
「ああ、いやだ」
 
伴藏はわめきながら中仕切の障子を開けると、真暗で、
 
「旦那え、旦那やぃ、よく寝ていらッしゃる、まだぐっすりとよく寝ていらッしゃるから大丈夫だ」
 
「そうかえ、旦那、夜が明けましたから飯を炊きつけましょう」
 
「御免なせえ、私が戸を明けやすよ、旦那え、旦那ぇ」
 
と言いながら床の内を差し覗き、伴藏はキャッと声を上げ、
 
「おみねや、おれアもうこの位な怖いもなア見た事はねえ」
 
とおみねは聞くよりアッと声をあげる。
 
「おおおっ、手前の声でなお怖くなった」
 
「どうなっているのだよ」
 
「どうなったのこうなったのと、実にどうともこうとも言いようのねえ怖えことだが、これを手前とおれと見たばかりじゃア掛け合いにでもなっちゃア大変だから、白翁堂の爺さんを連れて来て立ち合いをさせよう」
 
と白翁堂の宅へ参り、
 
「先生、先生ぃ、伴藏でごぜえやす、ちょっとお開けなすって」
 
「そんなに叩かなくってもいいワ、寝ちゃアいねえんだ、とうに眼が覚めている、そんなに叩くと戸がこわれらア、どれどれ待っていろ、ああ痛たたたたた戸を開けたのにおれの頭をなぐる奴があるものか」
 
「急いだものだから、つい、御免なせえ、先生ちょっと萩原様の所へ往って下せえ、どうかしましたよ、大変ですよ」
 
「どうしたんだ」
 
「どうにもこうにも、私が今おみねと両人でいって見て驚いたんだから、お前さんもちょっと立ち合って下さい」
 
と聞くより勇齋も驚いて、藜(あかざ)の杖をひき、ポクポクと出掛けて参り、
 
「伴藏、お前先へ入んなよ」
 
「私は怖いからいやだ」
 
「じゃアおみねお前先へ入れ」
 
「いやだよ、私だって怖いやねえ」
 
「じゃアいい、じゃアいいワ」
 
と言いながら中へ這入ったけれども、真っ暗で訳が分らない。
 
「おみね、ちょっと小窓の障子を開けろ、萩原氏、どうかなすったか、お加減でも悪いかえ」
 
と言いながら、床の内を差し覗き、白翁堂はわなわなと震えながら思わず後へ下りました。
 
白翁堂勇齋は萩原新三郎の寝所を捲くり、実にぞっと足の方から総毛立つほど怖く思ったのも道理、萩原新三郎は虚空をつかみ、歯を喰いしばり、面色土気色に変り、余程な苦しみをして死んだものの如く、その脇へ髑髏(しゃれこうべ)があって、手とも覚しき骨が萩原の首玉にかじり付いており、あとは足の骨などがばらばらになって、床の中に取り散らしてあるから、勇齋は見てびっくりし、 
 
 
 

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「伴藏これは何だ、おれは今年六十九になるが、こんな怖ろしいものは初めて見た、支那の小説なぞにはよく狐を女房にしたの、幽霊に出逢ったなぞと言うことも随分あるが、このような事にならないように、新幡随院の良石和尚に頼んで、有り難い魔除の御守を借り受けて萩原の首を掛けさせておいたのに、どうも因縁は免れられないもので仕方がないが、伴藏首に掛けている守を取ってくれ」
 
「怖いから私ゃアいやだ」
 
「おみね、こっちへ来な」
 
「私もいやですよ」
 
「何しろ雨戸を開けろ」
 
と戸を開けさせ、白翁堂が自ら立って萩原の首に掛けたる白木綿の胴巻を取り外し、グッとしごいてこき出せば、黒塗光沢消の御厨子(みずし)にて、中を開けばこはいかに、金無垢の海音如来と思いのほか、いつしか誰か盗んですり替えたるものと見え、中は瓦に赤銅箔を置いた土の不動と化してあったから、白翁堂はアッと呆れて茫然と致し、
 
「伴藏これは誰が盗んだろう」
 
「なんだか私にゃアさっぱり訳が分りません」
 
「これは世にも尊き海音如来の立像にて、魔界も恐れて立ち去るという程な尊い品なれど、新幡随院の良石和尚が厚い情の心より、萩原新三郎を不便に思い、貸して下され、新三郎は肌身放さず首にかけていたものを、どうしてこの様にすり替えられたか、誠に不思議な事だなア」
 
「成程なア、私どもにゃア何だか訳が分らねえが、観音様ですか」
 
「伴藏手前を疑る訳じゃアねえが、萩原の地面内に居る者はおれと手前ばかりだ、よもや手前は盗みはしめえが、人の物を奪う時は必ずその相に現れるものだ、伴藏ちょっと手前の人相を見てやるから顔を出せ」
 
と懐中より天眼鏡を取り出され、伴藏は大きに驚き、見られては大変と思い。
 
「旦那え、冗談いっちゃアいけねえ、私のようなこんな面は、どうせ出世の出来ねえ面だから見ねえでもいいやぃ」
 
と断る様子を白翁堂は早くも推し、ハハアこいつ伴藏がおかしいなと思いましたが、なまなかの事を言い出して取り逃がしてはいかぬと思い直し、
 
「おみねや、騒動が済むまでは二人でよく気を付けて居て、なるたけ人に言わないようにしてくれ、おれはこれから幡随院へ行って話をして来る」
 
と藜(あかざ)の杖をひきながら幡随院へやって来ると、良石和尚は浅葱(あさぎ)木綿の衣を着し、寂寞(せきばく)として坐布団の上に坐っている所へ勇齋入り来たり、
 
「これは良石和尚いつも御機嫌よろしく、とかく今年は残暑の強い事でございます」
 
「やア出て来たねえ、こっちへ来なさい、誠に萩原も飛んだことになって、とうとう死んだのう」
 
「ええあなたはよく御存じで」
 
「そばに悪い奴がついていて、又萩原も免れられない悪因縁で仕方がない、運命だからいいわ、心配せんでもよいわ」
 
「道徳高き名僧智識は百年先の事を看破るとの事だが、貴僧の御見識誠に恐れ入りました、つきまして私が済まない事が出来ました」
 
「海音如来などを盗まれたと言うのだろうが、ありゃア土の中に隠してあるが、あれは来年の八月にはきっと出るから心配するな、よいわ」
 
「私は陰陽を以って世を渡り、未来の禍福を占って人の志を定むる事は、私承知して居りますけれども、こればかりは気が付きませなんだ」
 
「どうでもよいわ、萩原の死骸は外に菩提所も有るだろうが、飯島の娘お露とは深い因縁がある事故、あれの墓に並べて埋めて石塔を建ててやれ、お前も萩原に世話になった事もあろうから施主に立ってやれ」
 
と言われ白翁堂は委細承知と了承をして寺をたち出で、路々もどうして和尚があの事を早くも悟ったろうと不思議に思いながら帰って来て、
 
「伴藏、貴様も萩原様には恩になっているから、野辺の送りのお供をしろ」
 
と跡の始末を取り片付け、萩原の死骸は谷中の新幡随院へ葬ってしまいました。
 
伴藏はいかにもして自分の悪事を隠そうため、今の住み家を立ち退かんとは思いましたけれども、慌てた事をしたら人の疑いがかかろう、ああもしようか、こうもしようかとやっとの事で一策を案じ出し、自分から近所の人に、萩原様の所へ幽霊の来るのをおれが確かに見たが、幽霊が二人でボンボンをして通り、一人は島田髷(しまだまげ)の新造で、一人は年増で牡丹の花の付いた灯籠を提げていた。
 
あれを見る者は三日を待たず死ぬから、おれは怖くてここにいられないなぞと言いふらすと、聞く人々は尾に尾を付けて、萩原様の所へは幽霊が百人来るとか、根津の清水では女の泣声がするなど、さまざまの評判が立ってちりぢり人が他へ引っ越してしまうから、白翁堂も薄気味悪くや思いけん、ここを引き払って、神田旅籠町辺へ引越しました。
 
伴藏おみねはこれを機に、何分怖くて居られぬとて、栗橋在は伴藏の生れ故郷の事なれば、中仙道栗橋へ引越しました。
 
 
 

 

陰陽まみれて風雲急を告げる 之編に続く