まどゐ。

~ おもゐを嗣ぎ、おもゐを纏ひ、おもゐを遣る ~ 

【怪談牡丹灯篭 十五】 陰陽まみれて風雲急を告げる 之編 

 

【今日のこよみ】 旧暦2014年 1月 29日大安  四緑木星

         庚午 日/丁卯 月/甲午 年 月相 28.2

         雨水 次候 霞始靆(かすみはじめてたなびく)   

 
【今日の気象】 天気 曇り 気温 11.0℃ 湿度 94% (大阪 6:00時点) 
 
【前回のあらまし】
人非人(ひとでなし)の手引きによって、新三郎が宅に亡者二匹が忍びこむ。四世以前からの因縁強く、新三郎は遂に幽霊お露によって黄泉の国へ引き摺り込まれました。新三郎がこの世に無念を残したか、思い合うお露と供に仲睦まじく黄泉への道歩いたかは知る由もなし。ただ、今では二人のお墓が仲睦まじく連なるのみ。人非人が伴蔵夫婦は100両の金子を胸に抱いて、うまい具合に中山道栗橋に逃げ延びることができました。あぁ天の目は節穴なるか、悪人がのうのうと世に蔓延っております。
 
ささぁ、こちらは飯島の屋敷内。主人が平左衛門が思いによって草履取考助にわざと槍を受ける。全ての事情をつかと知っていた平左衛門が器量無尽なり。忠義者の考助の顔を立て、平左衛門死ぬ時を心得たり。考助は平左衛門の記したおもゐを携え、義父新五兵衞が屋敷に駈け込んで、ことの顛末を明らかにする。

 

 
相川新五兵衞は眼鏡を掛け、飯島の遺書をば取る手おそしと読み下しまするに、考助とは一旦主従の契りを結びしなれども敵(かたき)同士であったること、
 
考助の忠実に愛で、孝心の深きに感じ、主殺の罪に落さずして彼が本懐を遂げさせんがため、わざと宮野邊源次郎と見違えさせ討たれしこと、
 
考助を急ぎ門外に出し遣り、自身に源次郎の寝室に忍び入り、彼が刀の鬼となる覚悟、さすれば飯島の家は滅亡致すこと、
 
やつら両人我を打って立退く先は必定お國の親元なる越後の村上ならん、ついては汝考助時を移さず跡追掛け、我が仇なる両人の生首提げて立ち帰り、主の敵を討ちたる廉(かど)を以て我が飯島の家名再興の儀を頭に届けくれ、その時は相川様にもお心添えの程ひとえに願いたいとのこと、
 
又汝は相川へ養子に参る約束を結びたれば、娘お徳どのと互いに睦ましく暮し、両人の間に出来た子供は男女に拘わらず、考助の血統を以て飯島の相続人と定めくれ、後はこれこれ云々と、
 
実に細かに届く飯島の家来思いの切なる情に、考助は相川の遺書を読む間、息をもつかず聞いていながら、膝の上へぽたりぽたりと大粒な熱い涙をこぼしていましたが、突然剣幕を変えて表の方へ飛び出そうとするを、
 
「これ考助殿、血相変えてどこへ行きなさる」
 
と言われて考助は泣き声を震わせ、
 
「只今お遺書の御様子にては、主人は私を急いで出し、後で客間へ踏み込んで源次郎と闘うとの事ですが、いかに源次郎が剣術を知らないでも、殿様があんな深い傷にてお立と合いなされては、彼が無残の刃の下に果敢なくお成りなされるは知れた事、みすみす敵を目の前に置きながら、恩あり義理ある御主人を奴らにひどく討たせますは実に残念でござりますから、すぐに取って返し、お助太刀を致す所存でございます」
 
「分らない事を言わっしゃるな、御主人様がこれだけの遺書をお遣わしなさるは何の為めだと思わッしゃる、そんな事をしなさると、飯島の家が潰れるから、屋敷へ行く事は明朝までお待ち、この遺書の事を心得てこれを反故にしてはならんぜ」
 
と亀の甲より年の功、さすが老巧の親身の意見に考助はかえす言葉もありませんで、口惜がり、ただ身を震わして泣き伏しました。
 
 
話かわって飯島平左衞門は考助を門外に出し、急ぎ血潮滴(した)たる槍を杖とし、蟹のようになってようように縁側に這い上がり、蹌(よろ)めく足を踏みしめ踏みしめ、段々と廊下を伝い、そっと客間の障子を開き中へ入り、十二畳一杯に釣ってある蚊帳の釣手を切り払い、かなたへはねのけ、グウグウとばかり高鼾(たかいびき)で前後も知らず眠ている源次郎の頬の辺りを、血に染みた槍の穂先にてペタリペタリと叩きながら、
 
「起きろ、起きろヤ」
 
と怒鳴られて源次郎頬が冷やりとしたに不図目を覚し、と見れば飯島が元結はじけて乱れし髪で、眼は血走り、顔色は土気色になり、血の滴たる手槍をピタリッと付け立っている有り様を見るより、源次郎は早くも推し、アアアアこりア流石飯島は智慧者だけある、おれと妾のお國と不義している事を覚られたか、さなくば例の悪計を考助めが告げ口したに相違なし、何しろ余程の腹立だ、飯島は真影流の奥儀を極めた剣術の名人で、旗本八万騎のその中に、肩を並ぶるものなき達人の聞えある人に槍を付けられた事だから、源次郎はぎょっとして、枕頭の一刀を手早く手元に引付けながら、震える声を出して、
 
「伯父様、何をなさいます」
 
と一生懸命面色土気色に変わり、眼色血走りました。飯島も面色土気色で目が血走りているから、あいこでせえでございます。源次郎は一刀の鍔(つば)前に手を掛けてはいるものの、気遅れがいたし刃向う事は出来ませんで竦(すく)んで仕舞いました。
 
「伯父様、私をどうなさるお積りで」
 
飯島は深傷を負いたる事なれば、震える足を踏み止めながら、
 
「何事とは不埓な奴だ、汝が前々より我が召し使い國と不義姦通しているのみならず、明日中川にて漁船より我を突き落し、命を取った暁に、うまうまこの飯島の家を乗っ取らんとの悪だくみ、恩を仇なる汝が不所存、言おう様なき人非人(ひとでなし)、この場において槍玉に揚げてくれるから左様心得ろ」
 
と言い放たれて、源次郎は、剣術はからっ下手にて、放蕩を働き、大塚の親類に預けられる程な未熟不鍛錬な者なれども、飯島はこの深傷にては彼の刃に打たれて死するに相違なし、しかし打たれて死ぬまでもこの槍にてしたたかに足を突くか手を突いて、片端(かたわ)か跛足(ちんば)にでもしておかば、後日考助が敵討を為る時幾分かの助けになる事もあるだろうから、何処かを突かんと狙い詰められ、
 
「伯父さま私は何も槍で突かれる様な覚えはございません」
 
「黙れ」
 
と怒りの声を振り立てながら、一歩進んで繰り出す槍鋒鋭く突きかける。源次郎はアッと驚き身を交わしたが受け損じ、太股へ掛けブッツリと突き貫き、今一本突こうとしましたが、考助に突かれた深傷に堪え兼ね、よろよろとする所を、源次郎は一本突かれ死物狂いになり、一刀を抜くより早く飛び込みさま飯島目掛けて切り付ける。切付けられてアッと言ってよろめく処へ、又、太刀深く肩先へ切り込まれ、アッと叫んで倒れるところへ乗しかかって、まるで河岸で鮪でもこなす様に切って仕舞いました。お國は中二階に寝ていましたが、この物音を聞きつけ、寝衣(ねまき)のままに階段を降り、そっと来て様子を窺うと、この体裁に驚き、慌てて二階へ上ったり下へ下りたりしていると、源次郎が飯島に止めを刺したようだから、お國は側へ駈け付けて、
 
「源さま、貴方にお怪我はございませんか」 
 
源次郎は肩息をつきフウフウとばかりで返事も致しません。
 
「あなた黙っていては分りませんよ、お怪我はありませんか」
 
といわれて源次郎はフウフウいいながら、
 
「怪我はないよ、誰だ、お國さんか」
 
「貴方のお足から大層血が出ますよ」
 
「これは槍で突かれました、手強い奴と思いのほかなアにわけはなかった、しかしここに何時迄こうしては居られないから、両人で一緒にどこへなりとも落ち延びようから、早く支度をしな」
 
と云われてお國は成程そうだと急ぎ奥へ駈け戻り、手早く身支度をなし、用意の金子や結構な品々を持ち来たり、
 
「源さまこの印籠をお提げなさいよ、この召物を召せ」
 
と勧められ、源次郎は着物を幾枚も着て、印籠を七つ提げて、大小を六本揷し、帯を三本締めるなど大変な騒ぎで、ようやく支度が整ったから、お國とともに手を取って忍び出でようとするところを、仲働きの女中お竹が、先程より騒々しい物音を聞付け、来て見ればこの有り様に驚いて、
 
「アレ人殺し」
 
という奴を、源次郎が驚いて、この声人に聞かれてはと、一刀抜くより飛び込んで、デップリ肥って居る身体を、肩口から背びらへ掛けて斬り付ける。斬られてお竹はギャアッと声をあげてそのまま息は絶えました。
 
他の女どもも驚いて下流しへ這込むやら、又は薪箱の中へ潜り込むやら騒いでいる中に、源次郎お國の両人はここを忍び出で、何処ともなく落ちて行く。
 
後ろで源助は奥の騒ぎを聞きつけて、いきなり自分の部屋を飛びだし、拳を振って隣家の塀を打ち叩き、破れるような声を出して、
 
「狼藉ものが這入りました。狼藉ものが這入りました。」 
 
と騒ぎ立てるに、隣家の宮野邊源之進はこれを聞きつけ思う様、飯島のごとき手者の処へ押し入る狼藉ものだから、大勢徒党したに相違ないから、なるたけ遅くなって、夜が明けて往く方がいいと思い、まず一同を呼起し、蔵へまいって槍を持ってまいれの、小手脛当(すねあて)の用意のと言っているうちに、夜はほのぼのと明け渡りたれば、もう狼藉者はいる気遣はなかろうと、源之進は家来一二人を召連れ来て見ればこの始末。いかがしたる事ならんと思うところへ、一人の女中が下流しから這上り、源之進の前に両手をつかえ、
 
「実は昨晩の狼藉者は、貴方様の御舎弟源次郎様とお國さんと、前々から密通しておいでになって、昨夜殿様を殺し、金子衣類を窃取り、どこともなく逃げました」
 
と聞いて源之進は大いに驚き、早速に屋敷へ立ち帰り、急ぎお頭へ向け源次郎が出奔の趣の届を出す。
 
飯島の方へはお目附が御検屍に到来して、段々死骸を検(あらた)め見るに、脇腹に槍の突き傷がありましたから、源次郎ごとき鈍き腕前にては兎ても飯島を討つ事は叶うまじ、されば必ず飯島の寝室に忍び入り、熟睡の油断につけ入りて槍を以て欺し討ちにしたその後に、刀を以て斬殺したに相違なしということで、源次郎はお尋ね者となりましたけれども、飯島の家は改易と決まり、飯島の死骸は谷中新幡随院へおくり、こっそりと野辺送りをしてしまいました。
 
こちらは考助、御主人が私の為めに一命をお捨てなされた事なるかと思えば、いとど気もふさぎ、欝々としていますと、相川はお頭から帰って、
 
「婆アや、少し考助殿と相談があるからここへ来てはいかんよ、首などを出すな」
 
「何か御用で」
 
「用じゃないのだよ、そっちへ引っ込んでいろ、これこれ茶を入れて来い、それから仏様へ線香を上げな、さて考助殿少し話したい事もあるから、まアまアこちらへこちらへ、誰にもいわれんが、全てが御主人様のお遺書通りに成るから心配するには及ばん、お前は親の敵は討ったから、これからは御主人は御主人として、その敵を復し、飯島のお家再興だよ」
 
「仰せに及ばず、もとより敵討の覚悟でございます、この後万事に付きよろしくお心添えの程を願います」
 
「この相川は年老いたれども、その事は命に掛けて飯島様の御家の立つように計らいます、そこでお前はいつ敵き討ちに出立なさるえ」
 
「最早一刻も猶予致す時でございませんゆえ、明日早くに出立致す了簡です」
 
「明日すぐに、左様かえ、余り早や過ぎるじゃないか、よろしいこの事ばかりは止められない、もう一日一日と引き延ばす事は出来ないが、お前の出立前に私が折り入って頼みたい事があるが、どうか叶えては下さるまいか」
 
「どのような事でも宜しゅうございます」
 
「お前の出立前に娘お徳と婚礼の盃だけをして下さい、他に望みは何もない、どうか聞き済んで下さい」
 
「一旦お約束申した事ゆえ、婚礼を致しまして宜しいようなれど、主人よりのお約束申したは来年の二月、殊に目の前にて主人があの通りになられましたのに、只今婚礼を致しましては主人の位牌へ対して済みません、敵討の本懐を遂げ立ち帰り、目出度く婚礼を致しますれば、どうぞそれ迄お待ち下さるように願います」
 
「それはお前の事だから、遠からず本懐を遂げて御帰宅になるだろうが、敵の行方が知れない時は、五年で帰るか十年でお帰りになるか、幾年掛かるか知れず、それに私はもう取る年、明日をも知れぬ身の上なれば、この悦びを見ぬ内帰らぬ旅に赴く事があっては冥途の障り、殊に娘も煩(わずら)う程お前を思っていたのだから、どうか家内だけで、盃事を済ませて置いて、安心させてくださいな、それにお前も飯島の家来では真鍮巻の木刀を差して行かなければならん、それより相川の養子となり、其の筋へ養子の届をして、一人前の立派な侍に出立って往来すれば、途中で人足などに馬鹿にもされず宜かろうから、何うぞ家内だけの祝言を聞き済んでください」
 
「至極御尤もなる仰せです、家内だけなれば異存はございません」
 
「御承知くだすったか、千万忝(かたじ)けない、ああ有難い、相川は貧乏なれども婚礼の入費の備えとして五六十両は掛かると見込んで、別にして置いたが、これはお前の餞別に上げるから持って行っておくれ」
 
「金子は主人から貰いましたのが百両ございますから、もう入りません」
 
「アレサいくら有っても宜いのは金、殊に長旅のことなれば、邪魔でもあろうがそう言わずに持って行ってください、そこで私が細い金を選って、襦袢の中へ縫い込んで置く積りだから、肌身離さず身に著けておきなさい、道中には胡麻の灰(盗賊)という奴があるから随分気をお付けなさい、それにこの矢立をさしてお出で、又これなる一刀はかねて約束して置いた藤四郎吉光の太刀、重くもあろうが差しておくれ、これと御主人のお形見天正助定を差して行けば、舅と主人がお前の後影に付き添っているも同様、勇ましき働きをなさいまし」
 
「有りがとうございます」
 
「どうか今夜不束な娘だが婚礼をしてくだされ、これ婆、明日は考助殿が目出度く御出立だ、そこで目出度いついでに今夜婚礼をする積りだから、徳に髪でも取り上げさせ、お化粧でもさせておいてくれ、その前に仕事がある、この金を襦袢へ縫込んでくれ、善藏や、手前はすぐに水道町の花屋へ行って、目出度く何か頭付きの魚を三枚ばかり取って来い、ついでに酒屋へ行って酒を二升、味淋を一升ばかり、それから帰りに半紙を十帖ばかりに、煙草を二玉に、草鞋(ぞうり)の良いのを取って参れ」 
 
といい付け、そうこうするうちに支度も整いましたから、酒肴を座敷に取り並べ、媒妁なり親なりかけ持ちにて、相川が四海浪(船出し唄)静かにと謡い、三々九度の盃事、祝言の礼も果て、まずお開きと言う事になる。
 
「あぁあぁ婆ア、誠に目出度かった」
 
「誠にお目出とう存じます、私はお嬢様のお少さい時分からお附き申して御婚礼をなさるまで御奉公いたしましたかと存じますと、誠に嬉しゅうございます、あなたさぞ御安心でございましょう」
 
「婆ア宜かえ、頼むよ、おいらは明日の朝早く起きるから、お前飯を炊かして、考助殿に尾頭付きでぽッぽッと湯気の立つ飯を食べさして立たせてやりたいから、いいかえ、ゆっくりとお休み、先ずお開きと致しましょう、考助殿どうか幾久しく願います、娘はまだ年もいかず、世間知らずの不束者だから何分宜しくお頼み申す。氷人(縁結びの神様)は宵の中だから、婆アいいかえ、頼んだぜ」
 
「貴方は頼む頼むと仰しゃって何でございます」
 
「分らない婆アだな、嬢の事をサ、あすこへちょっと屏風を立て廻して、恥かしくないように、宜しいか、それがサ誠に彼女が恥かしがって、もじもじとしているだろうからうまくソレ」
 
「旦那様なんのお手付きでございますよ」
 
「こ奴わからぬ奴だナ、手前だって亭主を持ったから子供が出来たのだろう、子供が出来たのち乳が出て、乳母に出たのだろう、ホレ娘は年がいかないからいい塩梅にホレ、いいか」
 
「貴方は本当に何時までもお嬢様をお少さいように思し召していらっしゃいますよ、大丈夫でございますよ」
 
「成程目出たい、宜いかえ頼むよ」
 
「旦那様、お嬢様お休み遊ばせ」
 
と言っても、考助はお國源次郎の跡を追い掛け、とやこうと色々心配などして腕こまねき、床の上に坐り込んでいるから、お徳も寝るわけにもいかず坐っているから、
 
「左様なれば旦那様御機嫌様宜しく、お嬢様先程申しました事は宜しゅうございますか」
 
「貴方少しお静まり遊ばせな」
 
「私は少し考え事がありますから、あなたお構いなくお先へお休みなすって下さいまし」
 
「婆やアちょっと来ておくれ」
 
「ハイ、何でございます」
 
「旦那様がお休みなさらなくって」
 
と言いさして口ごもる。
 
「貴方お静まりあそばせ、それではお嬢様がお休みなさる事が出来ませんよ」
 
「只今寝ます、どうかお構いなく」
 
「誠にどうもお堅過ぎでお気が詰りましょう、御機嫌様よろしゅう」
 
「あなた少しお横におなり遊ばしまし」
 
「どうかお先へお休みなさい」
 
「婆やア」
 
「困りますねえ、あなた少しお休みあそばせ」
 
「婆やア」
 
とのべつに呼んでいるから考助も気の毒に思い、横になって枕をつけ、玉椿八千代までと思い思った夫婦中、初めての閨(ねや)での語らい、誠にお目出たいお話でございます。
 
翌日になると、暗いうちから孝助は支度をいたし、
 
「これこれ婆アや、支度は出来たかえ、御膳を上げたか、湯気は立ったかえ、善藏に板橋まで送らせて遣る積りだから、荷物は玄関の敷台まで出して置きな、考助殿御膳を上れ」
 
「お父様御機嫌よろしゅう、長い旅ですからつどつど書面を上がる訳にも参りません、唯心配になるのはお父様のお身体、どうか私が本懐を遂げ帰宅致すまで御丈夫にお出であそばせよ、敵の首を提げてお目に掛け、お悦びのお顔が見とうございます」
 
「お前も随分身体を大事にして下さい、どうか立派に出立して下さい、いろいろと云いたい事もあるが、キョトキョトして言えないから何も言いません、娘何んで袖を引張るのだ」
 
「お父様、旦那様は今日お立ちになりましたら、いつ頃お帰宅になるのでございますのでしょう」
 
「まだ分らぬ事をいう、いつまでも少さい子供のような気でいちゃアいけないぜ、旦那さまは御主人の敵討ちに御出立なさるので、伊勢参宮や物見遊山に往くのではない、敵を討ち遂げねばお帰りにはならない、何だ泣ッ面をして」
 
「でも大概いつ頃お帰りになりましょうか」
 
「おれにも五年かかるか十年かかるか分らない」
 
「そんなら五年も十年もお帰りあそばさないの」
 
と云いながら潜々(いそいそ)と泣き崩れる。
 
「これ、何が悲しい、主の敵を討つなどと言う事は、侍の中にも立派な事だ、かかる立派な亭主を持ったのは有り難いと思え、目出度い出立だ、何故笑い顔をして立たせない、手前が未練を残せば少禄の娘だから未練だ、意気地がないと考助殿に愛想を尽かされたらどうする、考助殿歳がいかない子供のような娘だから、気にかけて下さるな、婆ア何を泣く」
 
「私だってお名残りが惜しいから泣きます、貴方も泣いて入らっしゃるではございませんか」
 
「おれは年寄だから宜しい」
 
と言い訳をしながら泣いていると、考助は、
 
「さようならば御機嫌よろしゅう」
 
と玄関の敷台を下り草鞋を穿こうとする、其の側へお徳はすり寄り袂を控え、涙に目もとをうるましながら、
 
「御機嫌様よろしく」 と縋(すが)り付くを孝助は慰め、善藏に送られ出立しました。
 
 
 
 

三つ子の魂百まで穢れし 之編に続く