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まどゐ。

~ おもゐを嗣ぎ、おもゐを纏ひ、おもゐを遣る ~ 

【怪談牡丹灯篭 十二】 亡者とひとでなしの取引 之編

 

【今日のこよみ】 旧暦2014年 1月 28日仏滅  四緑木星

         己巳 日/丁卯 月/甲午 年 月相 27.2

         雨水 次候 霞始靆(かすみはじめてたなびく)   

 
【今日の気象】 天気 雨 気温 9.6℃ 湿度 65% (大阪 6:00時点) 

 

【前回のあらまし】
飯島の家で、姿なき賊が100両盗んで行きました。如才ないお國はこれを奇貨とし、考助に罪(とが)をなすり付ける。主人平左衛門おおいに怒り手打ちに致すと、考助に蟄居を命ず。飯島家内では陰気盛んこの上なし。一方、新三郎が家来伴蔵は、亡者二人に請われ取引す。欲望の濃さが増すこと限りなく、多くの恩の濃さを上回り、地獄の鬼が伴蔵夫婦を地獄に誘うがごとく蠢(うごめ)き出す。
 
伴藏の家では、幽霊と伴藏と物語りをしているうち、女房おみねは戸棚に隠れ、熱さを堪えてボロを被ぶり、ビッショリ汗をかき、虫の息をころして居るうちに、お米は飯島の娘お露の手を引いて、姿は朦朧として掻消す如く見えなく成りましたから、伴藏は戸棚の戸をドンドン叩き、
 
「おみね、もう出なよ」
 
「まだ居やアしないかえ」
 
「帰ってしまった、出ねえ出ねぇ」
 
「どうしたえ」
 
「どうにもこうにもおれが一生懸命に掛け合ったから、飲んだ酒も醒めて仕舞った、おれア全体酒さえのめば、侍でもなんでも怖かなくねえように気が強くなるのだが、幽霊が側へ来たかと思うと、頭から水を打ちかけられるようになって、すっかり酔いも醒め、口もきけなくなった」
 
「私が戸棚で聞いていれば、何だかお前と幽霊と話をしている声がかすかに聞えて、本当に怖かったよ」
 
 
「おれは幽霊に百両の金を持って来ておくんなせえ、私ども夫婦は萩原様のお蔭でどうやらこうやら暮らしをつけております者ですから、萩原様に万一の事が有りましては私共夫婦は暮らし方に困りますから、百両のお金を下さったならきっとお札をはがしましょうというと。
 
幽霊は明日の晩お金を持って来ますからお札をはがしてくれろ、それに又萩原様の首に掛けていらっしゃる海音如来の御守があっては入る事が出来ないから、どうか工夫をしてそのお守を盗み、外へ取り捨てて下さいと言ったは、金無垢で丈は四寸二分の如来様だそうだ、おれもこの間お開帳の時ちょっと見たが、あの時坊さんが何か言ってたよ、抑も何とかいったっけ、あれに違えねえ、何でも大変な作物だそうだ、あれを盗むんだが、どうだえ」
 
 
「どうも旨いねえ、運が向いて来たんだよ、其の如来様はどっかへ売れるだろうねえ」
 
「どうして江戸ではむずかしいから、どこか知らない田舎へ持って行って売るのだなア、たとえ潰しにしても大したものだ、百両や二百両は堅いものだ」
 
「そうかえ、まア二百両あれば、お前と私と二人ぐらいは一生楽に暮すことが出来るよ、それだからねえ、お前一生懸命でおやりよ」
 
「やるともさ、だがしかし首にかけているのだから、容易に離すまい、どうしたら宜かろうナ」
 
「萩原様はこの頃お湯にも入らず、蚊帳を吊りきりでお経を読んでばかりいらっしゃるものだから、汗臭いから行水をお遣いなさいと言って勧めて使わせて、私が萩原様の身体を洗っているうちにお前がそっとお盗みな」
 
「なるほど旨えや、だが中々外へは出まいよ」
 
「そんなら座敷の三畳の畳を上げて、あそこで遣わせよう」 
 
と夫婦いろいろ相談をし、翌日湯を沸かし、伴藏は萩原の宅へ出掛けて参り、
 
「旦那え、今日は湯を沸かしましたから行水をお遣いなせえ、旦那をお初に遣わせようと思って」
 
「いやいや行水はいけないよ、少し訳があって行水は遣えない」
 
「旦那、この熱いのに行水を遣わないで毒ですよ、お寝衣(ねまき)も汗でビッショリになっておりますから、お天気ですからよろしうございますが、降りでもすると仕方がありません、身体のお毒になりますからお遣いなさいよ」
 
「行水は日暮れがた表で遣うもので、私は少し訳があって表へ出る事の出来ない身分だからいけないよ」
 
「それじゃア、あすこの三畳の畳を上げてお遣えなせえ」
 
「いけないよ、裸になる事だから、裸になる事は出来ないよ」
 
「隣の易者の白翁堂先生がよくいいますぜ、何でも汚くしておくから病気が起ったり幽霊や魔物などが入るのだ、清らかにしてさえおけば幽霊なぞは入られねえ、じじむさくしておくと内から病が出る、又汚くしておくと幽霊がへいって来ますよ」
 
「汚くしておくと幽霊が入って来るか」
 
「来る所じゃアありません、両人で手を引いて来ます」
 
「それりゃあ困る、内で行水を遣うから三畳の畳を上げてくんな」
 
というから、伴藏夫婦はしめたと思い、
 
「それ盥(たらい)を持って来て、手桶へホレ湯を入れて来い」
 
などと手早く支度をした。萩原は着物を脱ぎ捨て、首に掛けているお守を取りはずして伴藏に渡し、
 
「これは勿体ないお守だから、神棚へ上げて置いてくんな」
 
「へいへい、おみね、旦那の身体を洗って上げな、よく丁寧にいいか」
 
「旦那様、こちらの方をお向きなすっちゃアいけませんよ、もっと襟を下の方へ延ばして、もっとズウッとかがんでいらっしゃい」
 
と襟を洗う振りをして伴藏の方を見せないようにしている暇に、伴藏はかの胴巻をこき、ズルズルと出して見れば、黒塗光沢消しのお厨子(ずし)で、扉を開くと中はがたつくから黒い絹で包んであり、中には丈四寸二分、金無垢の海音如来、そっと懐中へ抜き取り、代り物がなければいかぬと思い、かねて用心に持って来た同じような重さの瓦の不動様を中へ押し込み、元のようにして神棚へ上げ置き、
 
「おみねや長いのう、余り長く洗っているとおのぼせなさるから、いい加減にしなよ」
 
「もう上がろう」
 
と身体を拭き、浴衣を着、ああよい心持ちになった。と着た浴衣は経帷子(きょうかたびら)、使った行水は湯灌(ゆかん)となる事とは、神ならぬ身の萩原新三郎は、誠に心持ちよく表を閉めさせ、宵の内から蚊帳を吊り、其の中で雨宝陀羅尼経(うほうだらにきょう)をしきりに読んでおります。
 
こっちでは伴藏夫婦は、持ちつけない品を持ったものだからほくほく喜び、宅へ帰りて、
 
「お前立派な物だねえ、中々高そうな物だよ」
 
「なに、おらたちには何だか訳が分らねえが、幽霊はこいつがあると入られねえという程な魔除のお守だ」
 
「ほんとうに運が向いて来たのだねえ」
 
「だがのう、こいつがあると幽霊が今夜百両の金を持って来ても、おれの所へ入る事が出来めえが、これにゃア困った」
 
「それじゃアお前出掛けて行って、途中でお目に懸ってお出でな」
 
「馬鹿ア言え、そんな事が出来るものか」
 
「どっかへ預けたらよかろう」
 
 
「預けなんぞして、伴藏の持ち物には不似合いだ、どういう訳でこんな物を持っていると聞かれた日にゃア盗んだ事が露顕して、こっちがお仕置きになってしまわア、又質に置くことも出来ず、と言って宅へ置いて、幽霊が札がはがれたから萩原様の窓から入って、萩原様を喰い殺すか取り殺した跡をあらためた日にゃア、お守が身体にないものだから、誰か盗んだに違えねえと詮議になると、疑りのかかるは白翁堂かおれだ、白翁堂は年寄りの事で正直者だから、こっちはのっけに疑ぐられ、家捜しでもされてこれが出ては大変だからどうしよう。
 
これを羊羹箱か何かへ入れて畑へ埋めて置き、上へ印の竹を立てて置けば、家捜しをされても大丈夫だ、そこで一旦身を隠して、半年か一年もたって、ほとぼりの冷めた時分帰って来て掘り出せば大丈夫知れる気遣はねえ」
 
 
「旨い事ねえ、そんなら穴を深く掘って埋めてお仕舞いよ」
 
と、すぐに伴藏は羊羹箱の古いのにかの像を入れ、畑へ持ち出し土中へ深く埋めて、その上へ目標の竹を立て置き立ち帰り、さアこれから百両の金の来るのを待つばかり、前祝いに一杯やろうと夫婦差し向いでたがいに打ち解け酌交し、最う今に八ツになる頃だからというので、女房は戸棚へ入り、伴藏一人酒を飲んで待っているうちに、八ツの鐘が忍ヶ岡に響いて聞えますと、一際世間がしんと致し、水の流れも止り、草木も眠るというくらいで、壁にすだく蟋蟀(コオロギ)の声も幽かに哀を催おし、物凄く、清水の元からいつもの通り駒下駄の音高くカランコロン、カランコロンと聞えましたから、伴藏は来たなと思うと身の毛もぞっと縮まる程怖ろしく、かたまって、様子を窺っていると、生垣の元へ見えたかと思うと、いつの間にやら縁側の所へ来て、
 
「伴藏さんぇ、伴藏さんぇ」 
 
と言われると、伴藏は口が利けない、やっとの事で、
 
「へいへぃ」
 
と言うと、
 
「毎晩上りまして御迷惑の事を願い、誠に恐れ入りまするが、まだ今晩も萩原様の裏窓のお札がはがれておりませんから、どうかおはがしなすって下さいまし、お嬢様が萩原様に逢いたいと私をお責め遊ばし、おむずかって誠に困り切りまするから、どうぞ貴方様、二人の者を不便におぼし召しお札をはがして下さいまし」
 

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「はがします、へいはがしますが、百両の金を持って来て下すったか」
 
「百目の金子確かに持参致しましたが、海音如来の御守をお取り捨てになりましたろうか」
 
「へい、あれは脇へ隠しました」
 
「左様なれば百目の金子お受け取り下さいませ」
 
とズッと差し出すを、伴藏はよもや金ではあるまいと、手に取り上げて見れば、ズンとした小判の目方、持った事もない百両の金を見るより伴藏は怖い事も忘れてしまい、慄えながら庭へ下り立ち、
 
「御一緒にお出でなせえ」
 
と二間梯子を持出し、萩原の裏窓の蔀(しとみ)へ立て懸け、慄える足を踏み締めながらようよう登り、手を差し伸ばし、お札をはがそうとしても震えるものだから思う様にはがれませんから、力を入れて無理にはがそうと思い、グッと手を引っ張る拍子に、梯子がガクリと揺れるに驚き、足を踏み外し、逆とんぼうを打って畑の中へ転げ落ち、起き上る力もなく、お札を片手に握んだまま声をふるわし、唯南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏と言っていると、幽霊は嬉しそうに両人顔を見合せ、
 
「嬢様、今晩は萩原様にお目にかかって、十分にお怨みを仰しゃいませ、さア入っしゃい」 
 
と手を引き伴藏の方を見ると、伴藏はお札を掴んで倒れておりますものだから、袖で顔を隠しながら、裏窓からズッと中へ這入りました。
 
 
 

 

因果応報の雷(いかずち)落つ 之編に続く