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まどゐ。

~ おもゐを嗣ぎ、おもゐを纏ひ、おもゐを遣る ~ 

【老子道徳経 第七十一章】 考えることを止めると魔に魅入られる

 

【今日のこよみ】 旧暦2014年 4月11日 友引  四緑木星

         庚辰 日/庚午 月/甲午 年 月相 9.9  

         立夏 初候 [圭/龜]始鳴(かわずはじめてなく)  

 

【今日の気象】 天気 晴れ 気温 17.4℃ 湿度 69% (大阪 6:00時点)   

 

 

知不知上、不知知病。

夫唯病病、是以不病。

聖人不病、以其病病、是以不病。

 

 

【書き下し文】

 

知りて知らずとするは上(じょう)、知らずして知るとするは病(へい)なり。

 

それ唯(た)だ病を病とす、ここを以(も)って病(へい)あらず。

 

聖人は病あらず、その病を病とするを以って、ここを以って病あらず。

 

 

 

【私的解釈】

 

自分がよく理解していることをまだ理解が足りないのではと思うことは良いことである。理解していないくせに理解したつもりでいることが害をもたらす。

 

そもそも、害を害として自覚するからこそ害が駆逐されることとなるのだ。

 

聖人に害が及ばないのは、その害を害だと自覚するから、その害がもたらされることがないのだ。

 

 

 

【雑感】

 

人間は、目の前で起こる現象に振り回されるのが定めみたいだ。

 

これは、しょうがないことでもある。生命の危機にさらされたら、とっさに判断して、防御態勢を取らなければ、死んでしまうこととなるのだから。

 

このように考えると、人間は、気をつけていないと、目の前の現象に流され続けることとなるようだ。

 

そして、このように流され続けている人を、鵜の目鷹の目で探しているのが、この世の邪鬼なのだ。

 

邪(よこしま)なおもゐを持つ邪鬼は、ポンポンポンと自分に都合の良い現象を矢継ぎ早に作り出して、取り巻く流れを激流に変えてしまう。そしてこの激流に飲まれてしまった人を、自分が創りだした渦巻きの中に取り込んで餌食にしてしまう。「カルト宗教」「投資詐欺」から「マスコミの世論誘導」と、この手法は邪鬼の常套手段となっている。

 

そして、悲しいことに一度、渦巻きの中に取り込まれてしまうと、自分の意志でしかそこから抜け出すことが出来ないのだ。だから、カルト宗教の信者は洗脳され続け、投資詐欺の被害者は何回もおなじような手口にだまされ続け、マスコミには踊らされ続けることとなる。

 

確実なことは、宗教が一夜にして人を不幸の極地から幸福の極地に瞬間移動させることは無いし、投資により一夜にして濡れ手に粟の財産が得られることも無いし、マスコミのお陰で一夜にして理想郷が出現することも無いということ。

 

あらゆることは、小さな成果を、己自身でコツコツと積み重ね積み上げることによってのみ手中に収めることが出来るのだ。これが宇宙の法則である。

 

老子は、この法則を胸に抱くことが魔除けになるぞと教えてくれているのだ。