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まどゐ。

~ おもゐを嗣ぎ、おもゐを纏ひ、おもゐを遣る ~ 

【二宮翁夜話 巻之一 九】 笠井亀蔵を論ず

 

【今日のこよみ】 旧暦2014年 2月 27日 仏滅  四緑木星

         丁酉 日/戊辰 月/甲午 年 月相 25.8 

         春分 次候 桜始開(さくらはじめてひらく)   

 

 【今日の気象】 天気 雨 気温 14.5℃ 湿度 95% (大阪 6:00時点)

 

  

越後國の産(うまれ)にて、笠井亀蔵と云う者あり。故ありて翁の僕たり。
 
翁諭して曰く、
 
汝は越後の産なり。越後は上國と聞けり。如何なれば上國を去りて、他国に来れるや。
 
亀蔵曰く、
 
上國にあらず、田畑高価にして、田徳少し、江戸は大都会なれば、金を得る容易ならんと思ふて江戸に出づと。
 
翁曰く、
 
汝誤てり。それ越後は土地沃饒(よくじょう)なるが故に、食物多し。食物多きが故に、人員多し、人員多きが故に、田畑高価なり。田畑高価なる故に、薄利なり、しかるを田徳少なしと云ふ、少なきにあらず田徳の多きなり。
 
田徳多く、土徳尊きが故に田畑高価なるを下國と見て生國を捨て、他邦に流浪するは、大なる過ちなり、過ちとしらば、速かにその過ちを改めて、帰國すべし。越後にひとしき上國は、他に少なし、しかるを下國と見しは過ちなり。 
 
是を今日、暑気の時節に譬へば、蚯蚓(ミミズ)土中炎熱に堪えかねて、土中甚だ熱し、土中の外に出でなば涼しき處あるべし、土中に居るは愚かなりと考へ、地上に出でて照り付けられて死するに同じ。それ蚯蚓は土中に居るべき性質にして土中に居るのが天の分なり。しかれば、何程熱しとも、外は願はず、我が本性に随ひ、土中に潜みさへすれば無事安穏なるに、心得違ひして、地上に出でたるが運のつき、迷より禍(わざわひ)を招きしなり。
 

それ汝もその如く、越後の上國に生れ、田徳少し、江戸に出でなば、金を得る事いと易からんと、思ひ違い、自國を捨てたるが迷の元にして、みづから災を招きしなり。

 

しかれば今日過ちを改めて速かに國に帰り、小を積んで大をなすの道を、勤むるの外あるべからず。心誠にここに至らば、おのづから、安堵の地を得る必定なり、猶迷ひて江戸に流浪せば、詰りは蚯蚓の、土中をはなれて地上に出でたると同じかるべし。

 

能く此の理を悟り、過ちを悔い、能く改めて安堵の地を求めよ。しからざれば今千金を與ふるとも、無益なるべし。我が言ふ所必ず遠はじ。

 

 

 

【私的解釈】

 

越後の国出身の笠井亀蔵という者がいた。縁があって尊徳翁と主従の関係となっていた。

 

尊徳翁が言い聞かせるように言う。

 

「お前は越後の生まれである。越後は国力が上国と位付けされている。どうして、この上国である越後を去って他国に来たのだ」

 

亀蔵が答える。

 

「越後は上国ではございません。田畑が高価で、しかも田畑から得られる稼ぎが少ないのです。江戸は大都会でありますから、お金を稼ぐのも容易であろうと思いまして江戸にやって参りました」

 

尊徳翁が言う。

 

「お前の考えは間違っている。越後は、土地が肥沃であるから、作物がたくさん実る。作物がたくさん実るから田畑を求める人が多く、田畑を求める人が多いから田畑が高額で取引される。田畑が高額であるから利益が少なくなり、だから田畑から得られる稼ぎが少ないと言われるのであろうが、反対である。

 

逆に田畑から得られる稼ぎが多いのだ。田畑から得られる稼ぎが多いから田畑の取引が盛んとなり、取引価格が上がるのだ。この理屈を知らずに下国だとみなして生まれた国を飛び出し、他国をさまようのは大きな過ちである。過ちと分かれば、すぐにその過ちを改めて、越後に戻るべきである。越後に匹敵するような上国などめったに無い。それなのに下国と思うのはお前の過ちである。

 

このことを、今の暑い季節で例えてみると、ミミズが土の中が燃えるように熱いのに耐えかねて、土の中はひどく熱い、土の中から出ればどこかに涼しい場所があるに違いない、こんな熱い土の中でじっとしているのは馬鹿がすることだと考えて、地上に出て干からびて死んでしまうのと同じことである。ミミズは土の中にいることが適した性質だから、土の中で生活することが宿命なのだ。いくら土の中が熱いからといって、他の考えなど巡らすことなく、己の性質に従って土の中に潜んでいれば平穏無事に生きていけるのに、考え違いをおこして地上に出たのが運の尽き。迷いが災いを招き入れてしまったのだ。

 

お前もミミズと同じだ。越後という上国に生まれておきながら、田畑から得られる稼ぎは少ない、江戸に出れば簡単に金を稼げるだろうと考え違いをおこし、自国を捨てたのが迷いの大元で、自ら災いを招き入れてしまっている。

 

そうならば、今すぐ過ちを改めて、即、国に帰って、小さきことを一つ一つ積み上げて大にするよう努めるほか道は無い。おもゐを誠にしてこの道を選択すれば、自ずと安堵の地を得ることとなるのは間違いない。迷い続けながら江戸をさまよえば、結局はミミズが土中を離れて地上に出た末路と同じこととなる。

 

よくこの理を理解し、己のおもゐの過ちを悔い改めて、お前にとって安堵の地を求めなさい。そうしなければ、例え今千金を与えられても失敗して無駄にしてしまう。私が言う事に間違いはない。」

 

 

 

【雑感】

 

世の中のあらゆるモノは自分自身の力で勝ち取るものである。どうも、私はこの真理をとことん理解していないようである。

 

平和な世の中を他人や他国が維持してくれていることに便乗し、幸せは誰かが与えてくれるものだと思い込んでいる。

 

また、不遇の時はじっと縮こまってやりすごせば、やり過ごせると思っている。

 

そんな調子の良い出来事は、夢の中でしか起こりやしないのに。

 

踏み出すべき一歩に躊躇し、無駄に寿命を費やしている。

 

現状は劇的に変わるものではなく、少しずつ自分の力で変えて行くものなのだ。

 

つまり、平和な世の中、幸せな自分という結果に重きを置くのではなく、その結果に向かう道のりでの経験に重きを置くのが人が生きるということ。

 

自分よ、この実践を心がけなさい。