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まどゐ。

~ おもゐを嗣ぎ、おもゐを纏ひ、おもゐを遣る ~ 

【改訳 怪談 乳房榎】 第十九講

 

【今日のこよみ】 旧暦2014年 2月 14日 先負  四緑木星

         甲申 日/戊辰 月/甲午 年 月相 12.8  

         啓蟄 次候 桃始笑(ももはじめてさく)     

 

【今日の気象】 天気 雨 気温 5.3℃ 湿度 66% (大阪 6:00時点)

 

 

 

さて、毎度、連中が怪談怪談と申しますお話をよく申し上げますが、昔と違いまして、只今は小学校へお通いなさいます、お六つかお七つぐらいのお子様方でさえ、怪談だの幽霊だのということはない。
 
 
落語家(はなしか)は、嘘ばっかりつくとおっしゃるそうでございますが、けっして幽霊がないという限ったわけもないとやら、これらはすべて理外の理とか申して学問上の議論で押しつけるばかりにもゆかぬ。
 
 
これはよけいなことで、さっそく本文にかかりまするが、おきせは、かの竹六が赤塚からもらって参りました乳を痛み所へつけましたので、鰯の頭も信心柄とやらで、あぁ、ありがたいと思ったから神経が納まったと見えまして、すやすやと眠りますので、浪江をはじめ夜伽をいたします者も喜びまして、皆枕に着きましたが。
 
 
夜明け方からまた痛み出して来たと見えまして、おきせは、うんうんと申して傍らに寝ておりました浪江をゆすり起こしまして、
 

「あなた、ちょっとお起きあそばして下さい。もしあなた。お眼を覚まして下さい。まことに痛んでなりませんからよ、、、、、、、、あなた」
 

と言います。声も息苦しくゆり起こしますから、
 

「あいよ、今、起きるよ、うるさいねぇ。おれだといって、少しは眠らなければ体がつづかないよ」
 

「それでもたいそう痛んでまいりますから、心細くってなりません。どうぞ眼を覚まして下さいまし」
 

「そう揺ぶってはいけんよ。今起きるよといったら、静かにせんか」
 

と仕方がないから床の上へ起き返りました。
 

「また痛んで参ったのか」

 
「はい。まことに宵の口は、あの乳をつけたせいでしたか、痛みが薄らぎまして、疲れておりますから、うとうとといたしましたが、もう怖い恐ろしい夢を見ましてから、またたいそう痛んで、あなた、どうぞ、その手拭を取って下さいまし」
 

「手拭、、、、、、、おぉ、これか。これは少し濡れておるよ」
 

「いえ、それは私の汗で、これ御覧じませ。こんなにびっしょり汗をかきまして。。。。。。。。」
 

「おぉ、これは恐ろしい汗だ。お久を呼んで、単物を着替えるがよい。お久、お久」
 

と下女を呼びますから、おきせは、
 

「あなた、お待ちなさい。幸い誰も傍におりませんから、只今見ました夢を」
 

「何だぇ、今見た夢を。いけんよ、そんな夢なんぞを気にしては。かえって病に障るから、けっして気にかけぬがよい」
 

「いえいえ、気にかけずにはおられません。只今ばかりではございません。毎晩痛みが烈しくなって、熱が出て参りますと、枕元へ先の夫重信が」
 

「しいッ。これさ、静かに言いな」
 

と、浪江は辺りへ心を配りますことで、
 

「重信先生がどういたした」
 

「もう、それは恐ろしい顔をして。私を恨めしそうににらめまして」
 

「いけんよ。それは、お前が始終、先の御亭主のことを思って、心に忘れぬから、夢に見るのだ。もはや、只今となり何と申したとて帰らぬ旅へ赴かれた先生。とって返しができないから諦めるがよい」
 

「いえ、それは諦めておりますが。あなた、私がこんなに苦しみますのも、今考えて見ますと、五年前に夫が留守中に、あなたが私へナニなさいました時、ああいう訳になり、間もなく落合とやらで非業な死を遂げ、まだ、百カ日もすみませんうちにあなたと夫婦になりましたのは、一生の過り。せめて一周忌でも経ちましてからにいたせばよかったと思います。私がこんな業病を患いますのも、みな夫重信の崇りではございませんかと、夢を見ますにつけてどうもそう思われてなりません」
 

「また始まったよ。つまらんことは言いっこなしさ。なにも先生を、私と二人ででも邪魔になるから殺して、そうして夫婦になったという訳じゃアなし。ちゃんと竹六に、それは内緒はともかくも表向きちゃんと、真面目で師匠の跡へ直ったのだから、先生が喜ぶとも恨む気遣いなしだ」
 

「それでもあなた、只今なんぞは夫重信が血だらけになりまして、、、、、、」
 

「え、血。。。。。。。。どうも、女というものは愚痴で困るよ。それは人手にかかって切られて死んだから、血だらけにもなろうじゃアないか。」
 
 
 
「まぁ、あなたお聞きなさいまし。
 
そうして、青い顔をいたして、眼の中が血走って、もうもう、なんとも申されない顔をいたして、私の髻(たぶさ)をとって引き倒しまして、この犬畜生め、よくもおれを落合の堤で殺したな、汝(おのれ)にも思い入れ、苦痛をさせねばならん、と言っては打擲(ちようちゃく)をいたしますが、その恐ろしさ。。。。。
 
いつでも夢が覚めますと、汗をびっしょりかきまして、それにこの腫物(できもの)の中に、こう何かおりますようで、私の思いますには雀でもおって、お腹の臓腑をくちばしで突っつきますようで、その痛いことはなんとも申されません。
 
ああぁ、痛い。これはあなた、痛んで参りました。あれあれ、たいそう雀が来ましてぇ」
 
 

「なに雀がどこへ参った」
 
 
「あれ雀がたいそう来ました。ああぁ、腫物を突っついて、どうも痛んで、アレァレァレアレ。。。。。。。。。。。」
 

「これ雀がどこへ参った。なに、家の中へ雀がなんで参るものか、馬鹿を云ってはいかんよ。そんな譫語(うわごと)を言うのは熱が強いからのせいで、気を落ち着けて、少し我慢をしているがいい」
 

「いえいえ、熱のせいではございません。ほんとうに、雀がチュウチュウ申して腫物をくちばしで突っつきます」
 

「いやいや、何かで突つかれるように思うが、それは今、ふっきろうといたすので、それでうずくのだろう。雀などではない。馬鹿を言わずに、夜がもうじきに明けるから、それまで辛抱しな。コレ、そうセッセッと申したって治りはいたさん。かえって、ハッハッハッと思うと、よけいに痛みが増すものだ」
 

と、浪江はおきせを後ろからしっかり抱いて、看病をいたしておりますが、おきせは、
 

「いえいえ、こう苦しみますのも、夫重信の百カ日もすまないうちに、あなたと夫婦になった罰でございましょう。とろとろといたすと、夫の姿がどうも眼に着いておりまして」
 

「いえ、それは気のせいだ。たとえ師匠が人手にかかって非業な死をお遂げなすったとて、どうかいたしてその仇を捜し出だして、敵討ちをいたしたいと思う念は、これまで一日も忘れたことはない。おれだってそのくらいに思うものを、なんで先生がお恨みなさる筈がないわ。よいか、それだから夢にだって恨みをおっしゃるのでないぞ。それは礼に、なに手前の病気見舞いにな、、、、、、、、おいでなすったのじゃ」
 

などと、ごまかして力をつけますが、ますます痛み烈しいと見えまして、
 

「あぁあ、いたた、、、、、、、どうも苦しくって。あなた、どうもこの腫れておるところが痒くってなりません。ちょっと見て下さい」
 

「よいよい見てやろう、どれどれ」
 
 
と、浪江はおきせが痛がっております乳の下を見ますと、三寸ばかり、こう陣取って、硝子(びいどろ)のように腫れ上っておりますから、
 

「ああ、これは痛そうだ。だが、これは痒い痒いとさっきから申すから、中がまるで腐っておるのだ。これはいっそ膿(うみ)を出したら痛みが去るかも知れん」
 
 
「私もそう存じます」
 

「だが、医者の参るまで、もう少しの辛抱じゃから、待つがよい。めったなことを素人了簡でいたして、もしものことがあっては、後で取り返しがつかんから」
 

「いえ、お医者様のおいでまで待たれません。どうぞ、あなた、小刀かなんかで突っついて下さいまし」
 

「どうも困るな、そんな荒療治はできん。わがままを言っては困るよ」
 

「いえ、このとおりぶくぶくいっておりますのですから、切ればすぐに膿が出て痛みが去りましょう。あなた、早く早く」

 
とせきたてます。
 

「よい、それではおれが切ってやろう。だが少しは痛かろう、我慢をいたせ」
 

と、枕元にあります脇差をとりまして、小柄を抜き、左の手でおきせをしっかり押えまして、小柄の先をもって、かの腫物を突こうといたしましたが、どういう手先の狂いであったか、左の乳へかけまして五、六寸も深く切り込みました。
 
 
おきせは、「あっ」といって反り返りましたが、不思議や、その切り口から血交りの膿が飛び散り、それと一緒に白緑色の異形な鳥が現われましたから、浪江は、現在、女房の乳の下深く手が狂って突っ込んだので、びっくり致したところへ、またもや切り口から鳥が飛び出したので、はっと思い、呆気にとられて、しばしの間呆然といたして、見ております。
 
 
うちに、小さい鳥とおもいましたのが、見る間にたちまち鳶(とんび)ぐらいな鳥になりまして、浪江の頭上を目がけ、くちばしをとがらして突っつく有様に、
 
 
浪江は、
 
 
「畜生、畜生、畜生」
 
 
と、ありあわせました棕櫚箒(しゅろほうき)をとって、追い散らしましたが、くだんの鳥は風のごとく、ふわりふわりと手ごたえがいたしませんから、浪江は箒をもって縦横へ振りまわし、鳥を追いまわしますが、形は目に見えても、手応えがないから、ただ、畜生、畜生と申して箒を振り回しますばかりで。
 
 
これをよそ目で見ましたら箒を持って独りで踊っておりますようで、さぞおかしいことでございましょう。
 
 
浪江はあまり箒を振り回しましたので、がっかりいたし、疲れてそこへどっと倒れまして、
 

「誰かいないか、誰かいないか。水を一杯くれ、ああぁ、苦しい。誰か、誰か」
 

と、怒鳴りますので、お勝手に寝ておりました看病人はじめ下女も眼を覚ましまして、そこへ駈けつけて見ますと。
 
 
こはいかに、おきせは乳の下より膿が出て、うんと反り返りまして、虚空を掴んで歯をくいしばり、舌を噛んだと見えまして、口から血を流して死んでおります。
 
 
浪江は箒を持ったまま疲れきって倒れておるというので、駈けつけました看病人と下女は驚いたの驚かないのといって、且那様に奥様がた、た、た、、、、、、、、倒れて、どうしたらよかろう、と、うろうろいたしておるという。
 
 
ついにおきせは、重信の祟りで落命いたしましたが、これより浪江が、ふらふらと逆上をいたして赤塚へ参り、おのれと死地に入るという。
 
 
五歳の眞與太郎が親の仇を討ちます一段は、今一回でいよいよ読切りと相成ります。
 
 
 
 
 
 
 
 
*怪談 乳房榎の物語の舞台を歩く*