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まどゐ。

~ おもゐを嗣ぎ、おもゐを纏ひ、おもゐを遣る ~ 

サイレントマジョリティに囲まれて

【今日のこよみ】 旧暦2013年10月10日先勝  五黄土星 

        壬午 日/癸亥 月/癸巳 年 月相 8

                   立冬 次候 地始凍(ちはじめてこおる)

     

このブログ(楽しい卵を産む人 - 未解決の文字)の内容に共感することが多くて、唯一読者登録させてもらっている。 

村上春樹かぁ。懐かしい。「ノルウェイの森」が発刊されてもう20年以上経つんやなぁ。一時期、はまって「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」「羊上下」を読んで、ライ麦畑も読んで、フィッツツジェラルドも読んだなぁ。内容自体全く覚えていないけど。。。作品に漂う空気感は、何となく覚えているようなないような。。。!! 

 

今、書いていて初めて気づいたけど、このブログの空気感が上の村上春樹の作品の空気感に似ているんとちゃうやろか?このブログの作者さんと男性達が織りなす空気感も上の作品の主人公と女性達が織りなす空気感に似ていたような。。。。だから一種のノスタルジーを感じて引き込まれたのとちゃうやろか???まぁ、これは仮説。1回上の村上春樹の作品を読み返してみようかなと、ふと思った。 

 

で、話を戻してと。

 

実は、今、老子を読み込んでるんやけど、このブログの作者さんが言っていることと、老子が言っていることがカブルんです。老子は訳のわからん言い回しでこっちも頭がこんがらがりマクリなんやけど、この作者さんの言い回しでシックリくるんです。例えば、下記の

 

リアルも、そーいうのってある。

目立つところですごいいい人のよーに見せてても、その人のいろんなところでのいろんな顔を知ると、「ぜんぜん、いい人じゃないよねー」っていうの、わかったり。

いつも目立たない地味な印象の人でも、いろいろ思い起こすと、この人から一回も傷つけられたことないなー、とか、この人がだれかを傷つけたとこ見たことないなー、とか。

 

は、

老子道徳経第四十一章の中の一文

 

上徳若谷、大白若辱、廣徳若不足、建徳若偸、質眞若渝。

上徳は谷の若く、大白(たいはく)は辱(じょく)なるが若く、広徳は足らざるが若く、建徳は偸(おこた)るが若く、質真(しつしん)は渝(かわ)るが若し。

最上の徳を備える者ほど、暗い谷底のようにひっそりしており、本当に潔白な者こそ、罪を犯した者だと思われてしまい、大きな徳を備える者ほど、アホに思われてしまい、律儀に徳を積んでいる者ほど、徳を積むことをさぼっていると思われ、本当に純粋な者ほど、コロコロ心変わりすると思われてしまうものだ。

 

の最上の徳の人の実態を言い当ててます。

 

他に

 

人をイヤな気持ちにさせるコメントばかり書く人は、その相手の愚かさを証明してるんじゃなくて、自分がすっごいイヤな人間だっていう証明を自分でしてるだけ。

自分も人からのきつい批判の目を集めてる。

 

人と楽しい気持ちを共有する言葉を書く人は、人から好かれる。

 

人をわざと傷つけない人は、人から尊重される。

 

偉ぶる人より、威張らない人のほーが、人から尊敬される。

 

 

も含蓄あります。

 

思うだけなら誰でも思えるんです。この「おもゐ」を言葉にして発信するってすごいことやと思います。この「おもゐ」に響く人がいるし、響かない人ももちろんいる。コメントに書いて声を出す人も居るし、声に出さない人もいる。ただ、黙っている人の中には、必ずこの発信された「おもゐ」に勇気づけられている人がいる。

 その人達に向けて太陽のように燦々と「おもゐ」を投げかけて欲しいなと偉そうなことを書いちゃいます( ^o^)ノ

これからも、この作者さんのブログは楽しみです。