読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

まどゐ。

~ おもゐを嗣ぎ、おもゐを纏ひ、おもゐを遣る ~ 

【山岡鉄舟 修養論】 某人傑と問答始末

 

【今日のこよみ】 旧暦2014年 11月 26日 赤口

         壬辰 日/戊寅 月/乙未 年 月相 25.1 有明月 長潮

         小寒 末候 雉始[句隹](きじはじめてなく)  

 

【今日の気象】 天気 晴れ 気温 6.4℃ 湿度 48%(大阪 6:00時点)

 

 

 

此頃、世に人傑とて其名の聞こえたる人あり。學和漢洋に通じ、武士道も亦心得たる人なりとかや。

 

其人、餘に問ふて曰く、貴殿は元來潔白にて、加ふるに日夜修心の術を講ぜらるる由、至極には存ずれど、失敬ながら吾れは貴殿の心事、果して君の爲國の爲或は人の爲に身命を棄てんと慾するの志あるや否や甚だ疑はざるを得ず。故に餘は、先づ貴殿の從來修心し來りし志操を確めたし、とて言々餘に迫れり。

 

餘、馬鹿の如くにして容易には答へざりし。然るに其人、猶前言を繰返し、滔々として餘を責むるの色あり。

 

此時、餘は大口を開きてハハハハと笑ひたり。然る處、其人は年齡餘よりも長者にして、加ふるに身の位置もなかなか容易ならざる人なり。是に於いてか、氏は滿面怒を含みて忽ち大喝一聲、汝木石、人倫の何物たるを知らず、不屆野郞めとて大に餘を叱り飛ばしたり。

 

依って餘、靜に答へをなして曰く、拙者は淺學無識、加ふるに身賎劣にして左樣な六ケ敷事(むつかしきこと)は始めて御尋に接する事にて容易に答ふべきもあらねど、强ひてとの御尋に候得ば無遠慮に御答へ仕らん。

 

扠(さ)て貴殿の仰せによれば、吾人濟世(ごじんせいせい)の要は君の爲め國の爲め、或は人の爲めに盡くすを以て無上の極道と思召さるるが如し。其言果して然るか。

 

氏曰く、固より然り。餘は及ばずながら日夜苦慮し、聊(いささ)かにても貢獻(献)せんとて片時たりとも忘れざるのみならず、現在實行し居れるなりと。

 

拙者の曰く、世閒往々左樣の人多きが如きも、拙者は左樣には存ぜざるなり。今貴殿の仰せらるるが如きは皆之れ自負心にして自惚と申すの外ある閒敷きなり。かりに其自負自慢の自惚心を去つて正味の處を拜聽仕りたしと云ふや、先生大いに怒り、汝その自負自慢自惚とは何事ぞと。

 

拙者の曰く、左樣に候なり。乞ふ、御一考せられよ。先生は御宅に召使ひの僕婢もあるべし。若し夫等の僕婢が朝夕貴殿に事(つか)ふるの外、猶ほ君國の爲めに奉公する所ありとせば、先生はそれらに比して其優劣如何と思召さるるや。

 

抑々人閒一生の事業は其多寡申すも氣の毒なる事にて、こは別に言葉する限りにあらず。是は別問として、先づ人の此世に於て務べき職責を、君の爲め國の爲め人の爲めなどと飛んでもない所に勿體を附くるは、單に口實と申すの外はあるまじきなり。篤(とく)と算盤を採つて差引勘定を試みなば、恐らくは眞實正味の殘る所はあるまじきなり。

 

一步を進めて虛心坦懷其理の存する所を自覺するに至らば、君の爲め國の爲め人の爲めなどとのシヤレ言はいはぬ筈なりと無遠慮に拙意を述べたれば、先生唯々(いい)として後言なかりし。

 

流石は名士と聞こえたれば何かを悟る所やありけん、爾後餘を待つ事頗る親切なりし。惜いかな其人、不幸にして抱負遠大に過ぐると精神の勝氣なるとにより世俗の疑ふ所となり、終に刺客の手に亡びぬ。嗚呼(ああ)、哀夫(かなしきやそれ)。

 

元治元年冬十二月

山岡鐵太郞 誌

 

 

 

【私的解釈】

 

世間で人物だと名声が高まっている人と会ったことがある。和・漢・洋の学問に通じ、武士道も心得ているという評判の人であった。

 

その人が私に問うには、

 

「あなたは生まれつき潔白な性格な上、さらに日夜精神修行も勤めておられるそうで、真に結構なことと思います。しかしながら、失礼ですが、私はあなたのおもゐが、本当に天子様の為、日本の為、あるいは人の為に肉体と生命を惜しまずに捨て去るのだという志が行動に溢れて出てきているのかどうかという点で、疑念を抱いているのです。だからあなたの今までの修業によって練られて来た決意というものを真っ先にお聞かせ願いたい」

 

と言って、私に迫って来た。

 

私は、間抜けな振りをしてすぐには答えないでいたのだが、間を置かずにその御人は同じことを繰り返し言って、私に返答を求めて来た。

 

この時、私は大口を開けてハハハハと笑ってしまった。さすれば、その御人は年齢は私よりも上で、更にたいそうな身分の御人であったのだが、この笑いにすっかり怒ってしまって、大声で「この鈍感野郎め。お前は人の道というモノが分かっていない。無礼な奴め!」と一喝し、私を大声で叱り飛ばして来たのである。

 

これに対して、私は静かに答えて言った。

 

「私は、学問も浅く知識もない上に身分の低い者でありますから、このような難しいことを問われたことがないのでどのように返答すれば良いのかを迷っておりますが、是非とのことなので遠慮無くお答え致します。

 

さて、あなたの仰ることを聞いていると、人が世の中に貢献する生き方というのは、天子様の為、日本の為、人の為に誠を尽くすということが唯一最上の道であると思われているようですが、本当にその通りなのでしょうか?」

 

その御人が言う、

 

「もちろんだ。私はまだまだ及ばない身ではあるが日夜心を砕いて、ちょっとでも世の中に貢献したいというおもゐを胸に、これを実践しているのだ」

 

と。

 

これに対して、

 

「世の中の人々はそのような考えの人が多いようです。が、私はこのようには考えておりません。今、あなたが仰ったようなことは、どれも皆先ず自分の身を第一に考えるおもゐから発露するもので、自惚れとでもいうほか言い様がありません。他人の評価を気にすることから生じる自負するおもゐや自慢するおもゐそして自惚れるおもゐを取り払った後に残る、あなたの根本にあるおもゐについてお聞きしたいのですが」

 

と、私が言うと、先生は大いに怒って、

 

「お前が言う、自負するおもゐやら自慢するおもゐとか自惚れるおもゐとか、それはどういう意味だ」

 

と言う。

 

「そのことを今一度お考え下さい。先生のお宅にも召使の男女が居るでしょう。もし彼ら召使が毎日あなたの用事を務めることを片手間にして、自分たちは天子様や国家の為にも奉公しているのだと言い出したならば、先生はどのようにお思いになりますでしょうか?

 

そもそも人ひとりひとりの一生に出来る事業など知れたものであるということは、今更言うまでもないことです。この事実を踏まえた上で、人ひとりひとりがこの世に生まれてきたからには、固有の使命というものが私たち各々に割り当てられていると私は考えております。これに対して、天子様の為やら日本の為などと大きなことを言って保身から己の威厳を保とうとすることは、我が身かわいさからただ出まかせを言っているに過ぎないという他はないのです。しっかりと己の足元に根付いた、己に割り当てられた使命というものを見据えて、その上で算盤をはじいて、己に与えられた寿命を差し引き勘定して行けば、天子様の為、日本の為などと言っている人の生涯の事業に真実味は出て来ないでしょう。

 

自分の使命に一歩踏み込んで、平静にその理を自覚しているのならば、天子様の為、日本の為、人の為などという戯れ言を言う気持ちにはなれないはずです」

 

と、このように私が遠慮なく私見を述べると、先生はただ頷くばかりで言葉も出なかった。

 

さすがに名士と言われるだけのことはあり、何か悟ったことがあったのであろうか、このことがあって以来、私に対してずいぶんと親しい態度をとるようになった。だが、残念なことにこの御人、己の領分を超えた志と勝気な精神との為に世の中からはじかれて、ついには刺客の手により殺されてしまったのである。なんとも悲しい出来事であった。

 

元治元年(西暦1864年)冬十二月

山岡鉄太郞 したたむ

 

 

 


1864年(元治元年) / 幕末年表

 

 

 

 

【雑感】

 

 

現代は言葉が軽くなって来ているようだ。

 

己の真心の中で言葉を紡ぎ上げ、それを吐き出した時の周りの反応を予想して、やっとのおもゐで言葉として外に吐き出すというよりは、社会の中で如何にして他人を蹴落とそうかとする欲望から言葉が吐かれる場合が多いようである。言葉によって対立を煽って自分の自負心を愛撫するという、どこまでも自分勝手な欲望により言葉が吐かれる。だから言葉が軽いのだ。

 

 

サザン桑田、ライブ演出で謝罪文発表「深く反省すると共に、謹んでお詫び申し上げます」

スポーツ報知 1月15日(木)18時24分配信

 

昨年末に行われたサザンオールスターズの年越ライブでの一部演出が問題視されている件で、桑田佳祐は15日、謝罪文を発表した。全文は以下の通り。

 

 

サザンオールスターズ年越ライブ2014に関するお詫び


いつもサザンオールスターズを応援いただき、誠にありがとうございます。

この度、2014年12月に横浜アリーナにて行われた、サザンオールスターズ年越ライブ2014「ひつじだよ!全員集合!」の一部内容について、お詫びとご説明を申し上げます。

このライブに関しましては、メンバー、スタッフ一同一丸となって、お客様に満足していただける最高のエンタテインメントを作り上げるべく、全力を尽くしてまいりました。そして、その中に、世の中に起きている様々な問題を憂慮し、平和を願う純粋な気持ちを込めました。また昨年秋、桑田佳祐が、紫綬褒章を賜るという栄誉に浴することができましたことから、ファンの方々に多数お集まりいただけるライブの場をお借りして、紫綬褒章をお披露目させていただき、いつも応援して下さっている皆様への感謝の気持ちをお伝えする場面も作らせていただきました。その際、感謝の表現方法に充分な配慮が足りず、ジョークを織り込み、紫綬褒章の取り扱いにも不備があった為、不快な思いをされた方もいらっしゃいました。深く反省すると共に、ここに謹んでお詫び申し上げます。

また、紅白歌合戦に出演させて頂いた折のつけ髭は、お客様に楽しんで頂ければという意図であり、他意は全くございません。

また、一昨年のライブで演出の為に使用されたデモなどのニュース映像の内容は、緊張が高まる世界の現状を憂い、平和を希望する意図で使用したものです。

以上、ライブの内容に関しまして、特定の団体や思想等に賛同、反対、あるいは貶めるなどといった意図は全くございません。

毎回、最高のライブを作るよう全力を尽くしておりますが、時として内容や運営に不備もあるかと思います。すべてのお客様にご満足いただき、楽しんでいただけるエンタテインメントを目指して、今後もメンバー、スタッフ一同、たゆまぬ努力をして参る所存です。

今後ともサザンオールスターズを何卒よろしくお願い申し上げます。

株式会社アミューズ

桑田佳祐サザンオールスターズ

 

 

自分が吐いた言葉に対する相手の反応が己の自負心を傷つけるものであったらアタフタしてしまい、保身の為に軽い言葉を重ねて行く。。。。どこまでも自分勝手な欲望を満たす為に言葉が吐かれる。何千万人という人間に己が吐く言葉を即座に届けることの出来る有名人からしてこうなのだ。このような人間に勲章が授与されるという今の世の価値観は、嘆かわしい限りである。

 

言葉によって対立を煽り立てるのではなく、言葉によって和合を仲立ちする世の中にして行きたいものである。日本人には「和をもって貴しとなす」という価値観が古から伝えられて来ている。この価値観を今一度見なおして行きたい。

 

 

2014.3.7 03:06

和を以て貴しとなす憲法作ろう

比較文化史家 東京大学名誉教授・平川祐弘

 

新しい憲法について国民的な議論を高めたい。比較文化史家として私も提案させていただく。

 

聖徳太子の「十七条憲法」》

 

「和を以って貴しとなす」。この聖徳太子の言葉を私は日本憲法の前文に掲げたい。和とは平和の和である。平和を尊ぶ日本の国家基本法の冒頭には、わが国古来の言葉で理想を謳いたい。大和の国の伝統に根ざす和を尊ぶことで国内をまとめたい。和を尊ぶべきことを広く世界に訴え、かつ私たちの行動の指針としたい。和は和諧の和であり、英語のharmonyであり、諸国民の和合である。

 

現在の日本にはむろん不平も不和もあるだろう。しかし東洋の他国と比べれば、和諧社会の理想にまだしも近いことは明らかだ。西洋諸国と比べても、貧富の格差が少ない平安な長寿社会といえるのではないか。大和島根に住む人々が心中で和を以って貴しとしている以上、この理想こそ日本国民が胸をはって主張できる世界に誇り得る理念ではあるまいか。米国の大新聞は、日本事情がよく分かりもせぬくせに偉そうな説教を垂れたがるが、このような憲法改正には文句のつけようがないだろう。

 

憲法はそのように日本の歴史と文化に根ざす前文であり本文でありたい。『日本書紀』にある「以和為貴」は、聖徳太子が制定した日本最初の成文法の最初の言葉である。14世紀前の推古天皇12年、西暦604年に十七条憲法は制定された。外から仏教が伝来したとき内なる神道との対立が破壊的な抗争に及ぶことを危惧した聖徳太子は、十七条の第一条で「和を以って貴しとなす」と宣言した。

 

信仰や政治の原理を説くよりも先に、複数価値の容認と平和共存を優先した。大陸文化を導入しようとした蘇我氏とそれに敵対した物部氏の抗争を目撃した太子は、仏教を尊びつつも宗教的熱狂の危険を察知したのだろう。支配原理でなく「寛容」の精神をまず説いたのである。こうした国家基本法の第一条は世界史的に珍しい。

 

一神教八百万の神道の違い》

 

というのも世界の大宗教は唯一神への信仰を求める。モーセの十戒は「わたしのほかに、なにものも神としてはならない」を第一条とする。しかし各宗教の神がその基本原理を唱え、原理主義者(ファンダメンタリスト)に忠実に従うよう求めるならどうなるか。宗教的熱狂者が他者を激しく排除し、争いが絶えるまい。

 

地中海地域ではキリスト教ユダヤ教イスラム教という一神教同士が今も猛烈な争いを続ける。イスラム教も、スンニ派とシーア派に分かれて殺し合いを演じている。西洋で和の思想が生まれたのは、キリスト教同士が旧教のカトリックと新教のプロテスタントに分かれ、宗教戦争で殺し合った結果である。あまりに悲惨な流血への反省から、17世紀に平和共存の思想が宗教の外側から生まれた。寛容の思想の歴史は新しい。

 

一神教の世界では、ダンテ『神曲』が描くように、神の敵は容赦なく地獄に落とす。その点、日本人の考え方は例外的だ。八百万(やおよろず)の神の神道は死者は区別せず等しく祀(まつ)る。善人も悪人も神になる。「善(よ)き神にこひねぎ、悪しき神をもなごめ祭る」(本居宣長『直毘霊(なおびのみたま)』)。政治の次元では敵味方を区別する日本人だが、慰霊の次元では死者は区別しない。政治が慰霊をも支配する中国や朝鮮では今もなお政敵の墓を爆破したり(例、汪兆銘)あばかせたり(李完用)する。日本人はそれはしない。宗教心に和の気持ちがしみこんでおり、祟(たた)りをおそれる。死者の差別や分祀(ぶんし)はあり得ない。 

 

《和唱える平和主義へ転換も》

 

憲法の前文は外国語の翻訳調であってはならない。現行憲法の前文には「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と歯の浮くようなことが書いてある。だが急速に軍備を拡大し海洋進出を図る隣の大国が日本の安全と生存を保持してくれるとは私たちは思わない。私たちは実際は自衛隊日米安保体制に依存して国の平和を維持してきた。近隣諸国の「公正と信義に信頼して」きたわけではない。だが日米同盟に依存するあまり、自助努力を怠り、いつまでも他力頼みのおめでたい国であっていいはずはない。

 

現行憲法は、平和主義の美名の下、米国が敗戦国日本に武装解除を宣言させたものである。もっとも、敗戦後の日本人は軍部支配の軍国主義よりも1946年憲法の平和主義を良しとした。私もその平和主義で育った一人だ。だが新しい憲法の制定に際しては、そんな敗北主義的平和主義と訣別(けつべつ)し、和を唱える平和主義に改めたい。

 

そのように平和主義を日本の伝統に即したものとすることで、新しい憲法を真に私たち自身の憲法に改めたい。そうすれば、初めて国民各層の深い支持を得る憲法となるのではあるまいか。日本が国家間の紛争、文明間の宗教的対立、階級間の貧富の抗争よりも和を尊ぶ国であり、和諧社会こそがわが国の古代からの理想であることを、この際、はっきりと世界に宣言したいものである。(ひらかわ すけひろ)

【正論】和を以て貴しとなす憲法作ろう(1/4ページ) - 産経ニュース

 

 

「和をもって貴しとなす」という、今からはるか1400年前の聖徳太子のおもゐがこの現代にまで受け継がられており、1400年という時空を隔てた現代でもこの聖徳太子のおもゐに共感することが出来るという奇跡。ここに神の意志を感じざるを得ない。

 

フランスで起きたイスラム教徒のテロによりキリスト教イスラム教の対立は更に激化して行くこととなろう。対立に一石を投じることとなるであろうこの日本独自の価値観を日本人自身が思い出す時期に来ているのだと思う。

 

 


Charlie Hebdo shooting: France arrests 54 as al-Qaeda in Yemen claims responsibility - World - CBC News