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まどゐ。

~ おもゐを嗣ぎ、おもゐを纏ひ、おもゐを遣る ~ 

驕れる者は久しからず 其の弐 

 

【今日のこよみ】 旧暦2014年 8月 21日 仏滅  四緑木星

         戊子 日/甲戌 月/甲午 年 月相 19.5 更待月 中潮

         白露 次候 鶺鴒鳴(せきれいなく)    

 

【今日の気象】 天気 晴れ 気温 19.1℃ 湿度 37%(大阪 6:00時点) 

 

 

【参考】驕れる者は久しからず 其の壱 - まどゐ。

 

朝日新聞の捏造記事の事件を受けて「いわゆる従軍慰安婦」問題とは何かを後学の為にまとめておく。

 

この動画が分かりやすくまとまっているので、この内容を元に記録してきたい。

 

 


いわゆる「従軍慰安婦」問題は何が問題になってる?基礎から解説 - YouTube

  

 

この動画でも最初に触れられているが、まず言葉を定義しておく。この問題について「従軍慰安婦」問題とするマスコミと、「いわゆる従軍慰安婦」問題とするマスコミ、そして「慰安婦」問題とするマスコミとに別れているのが現状である。

 

この違いはどうして生じているのか?

 

まず、歴史の事実として従軍慰安婦と呼ばれた者は戦争当時存在していないのである。当時は慰安婦と呼ばれていた。従軍慰安婦という言葉は、1973年に千田夏光が著した「従軍慰安婦」という小説の題名から来ており、この小説の内容が衝撃的であった為、慰安婦問題が日本や韓国で問題化し、以後、従軍慰安婦問題と呼ばれるようになったのだ。

 

中立的な立場から「いわゆる従軍慰安婦」問題という名称で記録していく。

 

 

慰安婦とは何か

いわゆる「従軍慰安婦」とは、かっての戦争の時代に、一定期間日本軍の慰安所等に集められ、将兵に性的な奉仕を強いられた女性たちのことです。
 

これらの人々のことを日本で戦後はじめて取り上げた書物の著者たちは「従軍慰安婦」と呼んできました。したがって、日本政府がこれらの人々の問題に最初に直面した時も、アジア女性基金がスタートした時も、「従軍慰安婦」という言葉を用いていました。しかし、戦争の時代の文書では、「慰安婦」と出てきます。それで、いまでは、「慰安婦」という言葉を使っています。

慰安婦とは 慰安婦問題とアジア女性基金

 

 

【史実上の慰安婦

 

慰安所の開設】

慰安所の開設が、日本軍当局の要請によってはじめておこなわれたのは、中国での戦争の過程でのことです。

 

1931年(昭和6年)満州事変のさいの軍の資料をみると、民間の業者が軍隊の駐屯地に将兵相手の店を開くということが行われましたが、慰安婦という言葉はまだなく、軍隊自体の動きは消極的でした。


翌年(1932年)第一次上海事変によって戦火が上海に拡大されると、派遣された海軍陸戦隊の部隊は最初の慰安所を上海に開設させました。

 

慰安所の数は、1937年(昭和12年)の日中戦争開始以後、飛躍的に増加します。

 

陸軍では慰安所を推進したのは派遣軍参謀副長岡村寧次と言われています。


その動機は、占領地で頻発した中国人女性に対する日本軍人によるレイプ事件によって、中国人の反日感情がさらに強まることを恐れて、防止策をとらねばならないとしたところにありました。

 

また将兵が性病にかかり、兵力が低下することをも防止しようと考えました。中国人の女性との接触から軍の機密がもれることも恐れられました。

 

 

『岡村寧次大将資料第一 戦場回想編』(1970年、302-303頁)

 

昔の戦役時代には慰安婦などは無かったものである。斯(か)く申す私は恥かしながら慰安婦案の創設者である。

 

昭和七年の上海事変のとき二、三の強姦罪が発生したので、派遣軍参謀副長であった私は、同地海軍に倣い、長崎県知事に要請して慰安婦団を招き、その後全く強姦罪が止んだので喜んだものである。


現在の各兵団は、殆んどみな慰安婦団を随行し、兵站の一分隊となっている有様である。第六師団の如きは慰安婦団を同行しながら、強姦罪は跡を絶たない有様である。

慰安所の設置 慰安婦とは 慰安婦問題とアジア女性基金

 

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慰安婦の募集】

 

慰安所は、このような当時の派遣軍司令部の判断によって設置されました。設置に当たっては、多くの場合、軍が業者を選定し、依頼をして、日本本国から女性たちを集めさせたようです。業者が依頼を受けて、日本に女性の募集に赴くにあたって、現地の領事館警察署長は国内関係当局に便宜提供を直接求めています。

 

昭和13年の初め、日本の各地に赴いた業者は「上海皇軍慰安所」のために3000人の女性を集めると語り、募集してまわりました。各地の警察は無知な婦女子を誘拐するものではないか、皇軍の名誉を傷つけるものではないかと反発しました。それで内務省警保局長はこの年2月23日付けで通達を出し、慰安婦となる者は内地ですでに「醜業婦」である者で、かつ21歳以上でなければならず、渡航のため親権者の承諾をとるべしと定めました。3月4日には陸軍省副官も通牒を出しました。

 

ここで満21歳以上としたのは、日本が加入していた「婦人・児童の売買禁止に関する国際条約」で未成年者に売春をさせることが禁じられていたからです。

 

ところが、慰安所の数が急速にふえてきますと、中央の内務省陸軍省もますますコミットせずにはおられなくなっていきます。1938年11月4日には、内務省警保局の内部で「本日南支派遣軍古荘部隊参謀陸軍航空兵少佐久門有文及陸軍省徴募課長ヨリ南支派遣軍ノ慰安所設置ノ為」「醜業ヲ目的トスル婦女約四百名」を渡航させるように「配意」ありたしとの要請があったので、「極秘ニ取扱フ」、四百名を大阪百名、京都五十名などと各県に割り当て、各県で業者を選定し、女性を募集させてほしいという文書が起草されています。

 

日本の国内からの女性の調達がこのように進められたとすると、台湾や朝鮮からの調達はどのように進められたのでしょうか。

 

朱徳蘭女史の研究は、1939年の台湾での事例を明らかにしています。海南島を占領した海軍から台湾の海軍武官に要請がなされ、そこから華南と東南アジアの軍事的経済開発のために設立された国策会社、台湾拓殖株式会社に要請が行われました。この会社が海南島慰安所のための建物を建設し、業者の選定を行ない、資金の提供を行いました。業者は自分の抱える女性をひきつれて、海南島へ渡っています。

 

業者は日本人で、慰安婦とされた女性たちはすでに「醜業に従事している年齢21歳以上」(朱徳蘭編『台湾慰安婦調査と研究資料集』)の者でした。この場合は、日本本土と同じ基準で募集がなされているようですが、この形がいつも守られたかどうかは、不明です。

 

なお日本政府は1925年に「婦人・児童の売買禁止に関する国際条約」を批准するに当たって、植民地を適用外としています。

慰安婦とは―女性たちを集める 慰安婦問題とアジア女性基金

 

 

慰安所の拡大】

 

1941年(昭和16年)12月8日、太平洋戦争がはじまると、日本軍はシンガポール、フィリピン、ビルマインドネシアに攻め込みました。南方に占領地が拡大していくとともに、そこにも軍慰安所が設置されました。

 

この新しい局面での南方占領地の慰安所への女性の確保については、決定的な転換がおこったようです。1942年(昭和17年)1月14日付けの外務大臣の回答によると、「此ノ種渡航者ニ対シテハ{旅券ヲ発給スルコトハ面白カラザルニ付}軍ノ証明書ニ依リ{軍用船ニテ}渡航セシメラレ度シ」とあります。外務省も、内務省と警察も関わらないところで、南方占領地への慰安婦の派遣は完全に軍が直接掌握することになったようです。

 

1942年2月末ないし3月はじめに、南方総軍から、ボルネオ行き「慰安土人五〇名為シ得ル限リ派遣方」の要請が台湾軍(台湾駐屯日本軍)司令官に入りました。そこで台湾軍司令官の命令により、憲兵が調査して、3人の経営者を選定しました。

 

3人の経営者は女性を集めて、出発しました。この件では6月に「特種慰安婦五十名」について現地到着後「人員不足」し、また「稼業ニ堪ヘザル者」が出たので、20名を増派することを了承してほしいと台湾軍から陸軍省に報告が出ています。

 

同じように南方総軍から朝鮮軍(朝鮮駐屯日本軍)司令部にも朝鮮人女性を慰安婦として派遣するように要請がなされたと考えることができます。

 

米軍の資料によれば、1942年(昭和17年)五月にビルマにおける「慰安サーヴィス」のための女性を募集するために、京城(現在のソウル、以下同じ)の陸軍司令部が業者を選定して打診したのに業者が応じています。最終的にこのとき朝鮮から出発した朝鮮人女性は703名でした。朝鮮軍は業者を選定し、募集を行わせたようです。

京城で料理店を経営していた朝鮮人夫婦が憲兵司令部の打診に応じて、この仕事を引き受け、20人の朝鮮人女性を勧誘した事例が知られています。彼らは両親に「300円から1000円を払って、買い取った」、娘達は彼らの「単独の財産」になったと言っていますが、これは前渡し金で縛ったということでしょう。女性たちの述べたところでは、募集時の年齢は17歳1名、18歳3名、19歳7名、20歳が1名、23歳以上が8名、つまり20人中の12名が21歳未満です。1938年に日本国内での募集にさいして警保局がつけた条件が守られていないことは明らかです。

この女性たちに「慰安婦」をもとめているとはっきり説明することはなされていないようです。女性たちの供述には次のようにあります。

 

米戦時情報局心理作戦班報告書49号より 『資料集成』5巻、203頁

「この『役務』の性格は明示されなかったが、病院に傷病兵を見舞い、包帯をまいてやり、一般に兵士たちを幸福にしてやることにかかわる仕事だとうけとられた。これらの業者たちがもちいた勧誘の説明は多くの金銭が手に入り、家族の負債を返済する好機だとか、楽な仕事だし、新しい土地シンガポールで新しい生活の見込みがあるなどであった。このような偽りの説明に基づいて、多くの娘たちが海外の仕事に応募し、数百円の前渡し金を受け取った。」

 

これは業者に欺かれたものであり、本人の意志に反して集められた事例にあたります。

上記の資料からすれば、太平洋戦争期の朝鮮、台湾からの慰安婦の調達は、南方軍からの要請を受けた朝鮮軍、台湾軍が主体となって、憲兵が業者を選定し、業者が募集した女性達を、軍用船で送り出したと考えられます。もとよりこの時期も日本からの慰安婦の調達も従来通りの形でひきつづき行われていました。

さらにフィリピンとインドネシアなどでは、地元の女性も慰安婦とされました。 インドネシアでは、倉沢愛子氏の研究によれば、居住地の区長や隣組の組長を通じて募集がおこなわれたようです。占領軍の意を受けた村の当局からの要請という形の中には、本人の意志に反して集められた事例も少なくなかったと指摘されています。

このほかに、インドネシアでは、収容所に入れられていたオランダ人女性を連れ出して慰安所におくりこむことが行われました。その中で純粋に強制的に連行された女性は全体の3分の1から5分の1だといわれています。スマランでのケースは戦犯裁判で裁かれ、1人の日本人将校が処刑されています。
 
このように都市部や軍の駐屯地につくられた業者が経営する慰安所に送り込まれ、慰安婦とされた人々のほかに、東南アジアでも、前線の部隊が、農村部の女性たちをレイプして、部隊の宿舎に連行し、屋内に一定期間監禁して、レイプをつづけるケースがあったことが確認されていいます。もっともはげしい暴力にさらされたこの被害者たちも慰安婦被害者と考えることができます。フィリピンではとくにこの形態がひろくみられました。

 

 

 

【いわゆるの従軍慰安婦問題の顕在化】

 

 「慰安婦」の存在は、日本でまったく知られていなかったわけではありません。戦争に行った人はある程度知っていたことです。しかし、そのことが社会問題としてとりあげられることはほとんどありませんでした。

 

日本と朝鮮の関係に関心を寄せる人は、1965年ぐらいからこのような人々の存在を知っていて、朝鮮植民地支配がもたらしたもっとも残酷な結果がこの人々にあらわれていると考えていました。しかし、これらの犠牲者はいわば歴史の上の人たちだと考えられていたのです。

朝鮮では、戦争の末期の1943年に女子勤労挺身隊の募集が始まると、これに応じると「慰安婦」にされるという噂が流れました。総督府がそのような噂は故意に流されたもので、事実無根だと否定すると、いっそう人々はそのことを本当だと考えるようになりました。

ですから、「慰安婦」という存在は解放後の韓国でも知られていなかったわけではありません。しかし、これはふれたくない問題であったのでしょう。韓国でこの「慰安婦」問題がようやく社会的に取り上げられるようになったのは、1987年の民主化のあとでした。尹貞玉(ユン・ジョンオク)氏の取材記がハンギョレ新聞に発表されたのは、90年1月のことです。日韓の歴史問題、謝罪問題が注目を集めるようになった中で、この問題が浮上しました。

慰安婦」問題が一挙に韓国の国民の心を捉えるようになるきっかけは、この年6月6日に参議院予算委員会でなされた次のような日本政府委員の答弁でした。

 

 

従軍慰安婦なるものについて、古い人の話等も総合して聞きますと、やはり民間の業者がそうした方々を軍とともに連れて歩いているとか、そういうふうな状況のようでございまして、こうした実態について私どもとして調査して結果を出すことは、率直に申しましてできかねると思っております。

 

 

この答弁に対して、韓国では、軍と国家の関与を否定し、調査の可能性を否定したものとして、強い批判が起こりました。

 

90年10月17日韓国の女性団体37団体が挺身隊研究会とともに声明を発表し、日本政府委員の答弁を批判し、「慰安婦」は強制的に連行された存在であることを認めるようにとの要求からはじまる6項目の「要求」を日本政府につきつけたのです。公式謝罪、真相の究明と発表、犠牲者のための慰霊碑の建設、生存者遺族への補償、歴史教育での取り上げが具体的な要求でした。これが年末に日本に伝わり、国会でも再質問がされました。

 

決定的であったのは91年夏、犠牲者の一人、金学順(キム・ハクスン)さんがソウルで名乗り出て、日本の責任を告発するにいたったことです。金さんは、この年12月の太平洋戦争被害者の補償要求訴訟に、ただひとり実名を名乗って原告となりました。

衝撃を受けた日本では、女性たちを中心に運動が急速に広まりました。1992年1月11日吉見義明中央大学教授が北支那派遣軍参謀長岡部直三郎の通牒などを、軍の関与を証明する資料として発表しました。これが強い印象を与えました。

慰安婦問題が明らかになるまで 慰安婦問題とアジア女性基金

 

 

ここに、1990年(平成2年)6月6日の参議院予算委員会の議事録を記す。

本岡昭次

ここに1987年に発行された「鉱山と朝鮮人強制連行」という本があるんです。この本には兵庫県の鉱山における朝鮮人の強制連行の実態が記録されております。


戦前内務省警保局が作成した極秘資料「特高月報」というふうなものから導き出して、兵庫県でも、1939年から1943年までに1万608人が兵庫県に強制連行された、逃亡者は3717人であったとかいうようなことが出ているわけです。また、「兵庫県知事引継演述書」というようなものがありまして、その中で1945年8月15日から1947年3月まで朝鮮人強制連行者がどう帰国したかということが書いてある。そこには2万5千人兵庫県から強制連行者が帰国した。こんなことがちゃんと兵庫県にもわかるわけです。


そしてこの強制連行の問題は、私たち日本人にとって抽象的な概念でなくて、身近なものであるということであります。朝鮮人への過酷な弾圧、奴隷的労働からくる搾取、これがすぐ私の今住んでいる近くの鉱山、軍需工場、さまざまな企業の事業所でそういったことが行われていたという、本当に具体的な出来事なんですよ。だから私は、強制連行の実態の解明は、韓国や朝鮮民主主義人民共和国が言うからとか、そこの問題でなくて、日本自身の問題、そして歴史上にしっかりとこれは記憶にとどめて子供たちにも語り継いで、それで二度とこういうことをしてはならぬというみずからの戒めと、そのことを土台にして将来への日本の未来というものをつないでいく大事なものであるというふうに思ったんです、最近になって。


総理の見解を伺いたいと思います。


国務大臣海部俊樹君) 

強制連行の問題につきましては、今それがどのような数で、どのような実態があったのかということをできる限り調査するように指示しておるところでありまして、政府としてはそのことの事実ができるだけ解明されるように努力をしておるところであります。


なお、歴史の中にその認識を正しくして学校教育の現場の中でも引き継がれていくべきだという御指摘でありますが、私もいいことは繰り返し、よくないことは繰り返さないということは、これも教育の持つ大切な一面であると思いますので、教科書を調べてみましたが、教科書にもそのような過酷な労働を強いたとか、強制連行をしてきて日本でこのような扱いをしたという記述がございます。そういったことを現場できちっと教えて、二度と繰り返してはならないということもその場においてきちっと教えていくようにしていかなければならないという問題だと、こう認識をいたしております。


○本岡昭次君 

お隣の鳥取県日本鉱業岩美鉱業所とかあるいはまた荒金鉱山で強制連行されて働いた労務者の名前が、こういうふうにしてきちっとあるんですよ。だから民間がいろんな形で身近なものを掘り起こしてやっているんですよ。私はこのことは大事だと思うんです。政府だけにやれじゃなくて、身近なものはみんながやらにゃいかぬけれども、やっぱりこれは政府責任の問題としてやる努力というものを私はここで改めて強調しておきたいと思うんです。それで、こうした強制連行というのは日本のいかなる法令によって行われたんですか。


○政府委員(清水傳雄君) 

いわゆる朝鮮人の徴用につきましては、昭和十三年に制定をされました国家総動員法及びそれに基づきます国民徴用令、昭和二十年からは国民勤労動員令になっておりますけれども、これらに基づいて実施されたと承知をいたしております。


○本岡昭次君 

もっと細かいものがあるんじゃないですか。


○政府委員(清水傳雄君) 

いろいろと諸手続はあったかと存じますけれども、基本的には以上のような法令に基づいているものと承知をしております。


○本岡昭次君 

時間がありませんからまたそれは改めてやりますが、それでは、そうした法令の定めるところによって日本に強制連行された人の人数、そして年次別に報告してください。


○政府委員(清水傳雄君) 

当時の徴用関係の資料は労働省には保存をされておりませんものですから、現在まで鋭意調査をいたしておりますが、有権的に申し上げられるようなデータは残念ながら持ち合わせていない状況でございます。


○本岡昭次君

大変なことですね、法令によって強制連行しておきながら、何人だったかわからぬというのは。これ、どうにもならぬじゃないですか。その強制連行の目的というのは、一体それは何だったんですか。

 

○政府委員(清水傳雄君) 

国家総動員法第1条によりますと、「国家総動員トハ戦時ニ際シ国防目的達成ノ為国ノ全力ヲ最モ有効ニ発揮セシムル様人的及物的資源ヲ統制運用スルヲ謂フ」というふうにされておりまして、その意味からいたしますれば、国家総動員の目的は、戦時における国防目的の達成であったということができようかと思います。

 

○本岡昭次君

この強制連行の方式は、募集それから官あっせん、一般徴用令、軍による強制、女子挺身隊、勤労動員令、徴兵制というふうなものがあるというふうになっておるんですが、このとおりですか。


○政府委員(清水傳雄君)

国民徴用令によりますと、第2条におきまして、「徴用ハ特別ノ事由アル場合ノ外職業紹介所ノ職業紹介其ノ他募集ノ方法ニ依り所要ノ人員ヲ得ラレザル場合ニ限リ之ヲ行フモノトス」ということにされておりまして、これによれば、国民徴用令に基づきます徴用の前段階といたしまして、文書なり門前募集人などによる募集とか職業紹介所の紹介による官あっせんが行われ、それでも必要な労働者が集められない場合に徴用が行われたものと考えられます。


○本岡昭次君 

そうしたものを実行に移すために朝鮮半島でどのような体制をつくったのか。また、日本本土ではどのような受け入れ体制をつくったんですか。


○政府委員(清水傳雄君) 

全体としての業務の流れといたしましては、まず当時の企画院が全体の長期計画をつくりまして、それに基づきまして厚生省の勤労局が需給調整の方策についての方針を決めまして、それからいわゆる国家総動員法に基づきます総動員業務なるものがあるわけでございますが、そこに従事をするという形になる。

 

それを所管する所管大臣が内地の場合には厚生大臣に請求をする。それから朝鮮の場合には朝鮮総督府に請求をする。朝鮮の場合ですと、朝鮮総督府におきまして、その下部機構がそれに基づきまして徴用令書を出しまして、それに行き先でございますとか職業でございますとか業務でありますとか、そうしたものが記載をされておったようでございます。


それで、朝鮮の場合によりますと、これは古い人の話をいろいろ調査してお聞きした状況でございますけれども、大部分は下関なり博多港に連れてこられ、それで国内で受け入れる事業所等に引き渡しをしておった、こういうふうに聞いております。

 

 (中略)

 

○本岡昭次君 

それから、強制連行の中に従軍慰安婦という形で連行されたという事実もあるんですが、そのとおりですか。

 

○政府委員(清水傳雄君) 

先ほどお答え申し上げましたように、徴用の対象業務は国家総動員法に基づきます総動員業務でございまして、法律上各号列記をされております業務と今のお尋ねの従軍慰安婦の業務とはこれは関係がないように私どもとして考えられますし、また、古い人のお話をお聞きいたしましても、そうした総動員法に基づく業務としてはそういうことは行っていなかった、このように聞いております。


○本岡昭次君 

先ほど言いましたように、海軍作業愛国団とか南方派遣報国団とか従軍慰安婦とかいう、こういうやみの中に隠れて葬り去られようとしている事実もあるんですよ。これはぜひとも調査の中で明らかにしていただきたい。できますね、これはやろうとすれば。


○政府委員(清水傳雄君) 

従軍慰安婦なるものにつきまして、古い人の話等も総合して聞きますと、やはり民間の業者がそうした方々を軍とともに連れて歩いているとか、そういうふうな状況のようでございまして、こうした実態について私どもとして調査して結果を出すことは、率直に申しましてできかねると思っております。


○本岡昭次君 

強制連行とは、それでは一体何を言うんですか。あなた方の認識では、今国家総動員法というものの中で、それが範疇に入るとか入らないとかと、こう言っておりますが、それでは範疇に入るものは、一体何人あったからそれはどうだとか言うんならわかるんですけれども、すべてやみの中に置いておいて、そういうものはわからぬということでは納得できないじゃないですか。


○政府委員(清水傳雄君) 

強制連行、事実上の言葉の問題としてどういう意味内容であるかということは別問題といたしまして、私どもとして考えておりますのは、国家権力によって動員をされる、そういうふうな状況のものを指すと思っています。


○本岡昭次君 

そうすると、1939年から1941年までの間、企業が現地へ行って募集したのは強制連行とは言わぬのですか。


○政府委員(清水傳雄君) 

できる限りの実情の調査は努めたいと存じますけれども、ただ、先ほど申しました従軍慰安婦の関係につきましてのこの実情を明らかにするということは、私どもとしてできかねるんじゃないかと、このように存じます。


○本岡昭次君

どこまで責任を持ってやろうとしているのか、全然わからへん、わからへんでね、これだけ重大な問題を。だめだ。やる気があるのか。ちょっとこれ責任を持って答弁させてくださいよ、大臣の方で。


○委員長(林田悠紀夫君) 

速記をとめて。

   〔速記中止〕
○委員長(林田悠紀夫君)

 速記を起こして。


国務大臣坂本三十次君) 

本件につきましては、政府は労働省を中心に関係省庁協力して調査いたしますので、なお時間をいただきたいと思います。


○本岡昭次君

今のような労働省の役人の方が来られてぼそぼそぼそぼそやっているこの姿ね、本当に恥ずかしいと思いませんか。


それは盧泰愚大統領と海部総理大臣が、戦後の問題は終わった、過去はこれでと言ったって、やっぱり戦後処理の中の最大の問題が私も調べれば調べるほどここにあると。本当の信頼関係を樹立しようと思えば、やはりこの強制連行に始まったさまざまな朝鮮の植民地政策の具体的な中身は何であったのかということを我々自身の手で明らかにすることを怠ったんでは、本当の意味の信頼関係なんというものはつくれない、こう思うんですよ。


それにしても一番けしからぬのは警察ですよ。全部特高月報というところで、こういう民間の資料も全部出してきておるんですよ。当時の特高が何月号何月号という雑誌を出して、その中に強制連行何ぼしてきたかということをやってきているんですよ。それを知らぬ知らぬでは許されぬ。

 

絶対それは警察の責任で、これは民間の人でさえ資料に出せるんですから、あなた方でそれは入手できるはずです。私のところへ持ってきてください、それ。(「関係省庁がやると言っているんだから」と呼ぶ者あり)関係省庁の中には警察は入っとらへんのだ、今までの中には。警察を入れてください。


○政府委員(浅野信二郎君) 

先ほどもお答えしておりますとおり、戦前、特高月報等、内務省警保局というふうに先ほどもお話がございましたが、そういうものであるとは思いますけれども、それをそのまま今の私どもが引き継いでいるわけではございませんので、いろいろな形の資料としては私どもどこかで目にするということはできますけれども、直ちにこの場で私どもの保有している資料ということでお示しできるかどうかという点については、回答を保留させていただきたいと思います。

 

(「協力すると言わなければだめだよ」呼ぶ者あり)はい。私の方も調査に御協力することにやぶさかであるというわけではございません。

 

ただ、警察庁の資料として特高を直ちにということについて申し上げたので、私どもといたしましても大変大事な問題と思いますから、できるだけの御協力はしたいというふうには思っております。


○本岡昭次君

特高月報が現にきちっとあるということはあなたは認められているわけですね。ちょっとそれだけ確認させてください、特高月報なるものの存在。あなたはそれは見ることができると言いましたが。


○政府委員(浅野信二郎君) 

まだ私自身もそういう資料が直ちに目にできるかどうかということは確認しておりません。こういうお話がございましたので、そういうことができるかどうかは帰って調べてみたいと思いますけれども、この場所では私ちょっと確認できませんので、そのとおりお答えさせていただきたいと思います。


○本岡昭次君 

官房長官、まことに失礼ですが、やっぱり私は特高月報、これが最大の資料だと思うんです。これを今ああいう形で協力すると言っています。責任を持って資料をそろえて私どもにも見せていただけますか。


国務大臣坂本三十次君) 

特高月報なるものは私も今初めてあなたからお聞きしましたけれども、ですから、心当たりのところを、こういうところで資料がないかというようなところを、それはもう各省庁においてできるだけ範囲を広げて、そして調査していってもらいたいと思っております。とにかく関係省庁、窓口は昔からのつながりで労働省だけれども、全省庁が協力して、そしてできるだけの資料を集め、調査をするようにと指示をしてありますから、できるだけの協力はすると思います。


○本岡昭次君 

それでは最後に、いつごろまでにやるか、おおよそのめどをつけてください、めどを。

 

国務大臣坂本三十次君)

先ほども再三お話しを申し上げましたように、今一生懸命やっておる最中でありまして、私に今めどを言えと言われても、ちょっと私ここでお約束をいたし、幾日までとか幾日間とか、これはまだあなたに申し上げる段階ではありませんが、とにかく隠したりうそをつくような気持ちはありませんよ、できるだけ一生懸命にやろう、こうやっておるんですから、どうぞいましばらく時間をかしてください。


○本岡昭次君

それから、そのほかいろいろ資料によると、朝鮮本土内の労働力動員数が約480万、それから強制連行が約151万、軍の傭人、軍属として約2、30万、軍隊が23万、それから日本軍への従軍慰安婦7,8万、合計680万から690万というようなことが韓国内では常識化されて、そういう資料が私たちにも入るわけで、こうした問題を我々日本人の手ではっきりさせるということを抜きにして本当の意味の日本と韓国あるいは朝鮮民主主義人民共和国との信頼関係は私は築けないと思うんですが、総理、最後にあなたの決意を伺って、私は次の質問に行きます。


国務大臣海部俊樹君)

先般、盧泰愚大統領との首脳会談におきましても、過去の我が国の行為によって耐えがたい苦しみや痛みを与えたという歴史の経緯を踏まえて、それを深く反省して、私は率直に日本の過去の歴史というものに対しての反省の意を表明しました。

 

盧泰愚大統領はそれについて、正しい認識をしていただくことを評価し、その反省に感謝すると言われまして、それにおいて過去の歴史に起因する問題には区切りをつけて、近くて近い隣人としてアジアのためのよきパートナーになろう、こう言われましたので、私はその後の記者会見においても、そのためには日本側も誠意を持っていろいろな問題については努力をしますということを申し上げた。

 

そして首脳会談においていろいろ具体的な問題がございました。時間がかかりますから一々御報告はいたしませんけれども、今問題になっておる問題につきましても、政府はできる限り各省庁協力をして、どのようなことであったのかという調査を早急にいたして御報告をいたしたいと思います。

 

 

上のやりとりが後に慰安婦問題を顕在化させる火種となるわけである。

 

 

この後のやりとりに関してものすごく違和感を感じたのでここに記録しておく。

 

本岡昭次なる人物は、社会党民主党の元参議院議員で、参議院副議長に就任して、旭日大綬章をも受章して、2004年7月に政界を引退している。今は年金で悠々自適に暮らしていることであろう。

 


○本岡昭次君 

それでは続いて、今現実にある民族差別の問題についてお伺いします。


朝鮮人学校に通う子供たちと日本人が、同じJRを使ってもそこに負担についての大変な差があるという問題、これは私は民族差別だというふうにとらえているんですが、今大臣のお手元にも「JR通学定期券額差別の実態」ということで、その資料を出しております。


それで、この三田というところから尼崎の朝鮮人学校に通う子供たち、新三田から尼崎の私立の高等学校に通う子供たち、こう見ますと、これは三カ月で7900円もの差というものがあるわけなんですよ。一体JRはなぜこういうふうな朝鮮人学校、民族学校に通う子供と日本の子供を差別しなければならぬのか。

 

日本は、先ほど言いましたように、国際人権A規約、B規約というものを批准しているんですよね。そして少数者への差別というものもやらないし、あるいは教育についてもすべての者の教育を保障する、こういうふうにして朝鮮人の皆さんの教育権も保障している。にもかかわらずこういう差があるんですが、これはなぜこういうことなのか、運輸大臣、ひとつこの問題の解決ができないか、答弁いただきたいと思います。


国務大臣(大野明君) 

御指摘の点でございますが、JR各社の通学定期の割引は、朝鮮人学校のみの取り扱いという意味じゃございません。ただ、今いただいた資料にもございますように、JRと民鉄との相違というものにつきましては、これはどうしても現況はJRが国鉄時代からの経緯等もあり行われておりますので、運賃改定時期等においてそれをひとつ是正するというようなことが考えられるのではないかと思っております。


○本岡昭次君 

運賃改定の時期等をねらって改正できるんではないかとおっしゃっていただいて、これは従来から比べれば非常に前向きの発言で、JRの問題として解決をしようではないかということで私は評価したいと思うんです。

 

結局、問題はJRであったわけであります。学校教育法一条に該当する学校であるかないかというふうなことをもって否定していったわけなんです。

 

現に北海道JRが札幌市にある北海道朝鮮初中級学校に通う二人の生徒に対して、日本人と同じ割引定期券を既に出しているんですよ。

 

だから、JRはそれぞれ独立した会社ですから、北海道がやる、西日本がやる、九州がやる、それぞれが自分の会社の方針としてやっていけばいいことだと、こういうふうに私は思うんですが、いかがですか。


国務大臣(大野明君) 

ただいまお話がございました北海道のことについては、運輸省として現在聞いておりませんけれども、そういう事実が一つあるとすれば、と言うと疑いになるから悪いけれども(本岡昭次君資料を手渡す)ことしになってからですよね。5月、ああそうですか。それでは一度、こういうコピーもいただきましたから、調査もさせていただいた上で考えさせていただきたいと思います。


○本岡昭次君

これは間違いないんです。高校生と中学生の兄弟なんですが、この定期代、この兄弟の兄の方が10,590円、弟が8,230円。その同じところを日本の高校生、中学生がそれぞれ通っても、同じように高校生の場合は10,590円、中学生は8,230円というふうに同じ金額であり、私は念のために定期もこういうのでコピーでいただいて確認したんですが、こういうふうな在日朝鮮人在日韓国人民族差別と言われるような諸問題について、やはり一つ一つ具体的に解決していく姿勢、これが大事だと、このように思うんです。

 

それで、兵庫県の場合も、やっぱり朝鮮の方の父母がこういうことを言うんですよね。JRのトンネルの多くは日本に強制連行された在日1世たちの血のにじむような犠牲によって建設された、そのトンネルを今子や孫が差別運賃を取られて通っている、私たちが二重三重の差別に苦しんでいることをあなた方日本人はもっと知ってもらいたい、こう言われたときに、私は返事ができなかったわけなんですね。


だから、こういうふうな一つの思いというものを大切にして、現在あるこの民族差別に類するものは一つ一つ私は解決していってもらいたいと思うんですが、総理、いかがですか。


国務大臣海部俊樹君) 

いろいろな問題を真剣に検討いたしまして、一つ一つできる限り民族差別というものがなくなっていくように努めてまいりたいと思います。


○本岡昭次君 

今の答弁は不満ですが、それにひっかかっておりますと時間がなくなりますから、次に行きます。


同じようなことに、在日韓国人が公務員になろうというときに起こっている問題、これはたくさんあるわけですが、きょうはひとつ東京都の問題を取り上げてみると、今、金さんとおっしゃる方が東京都杉並区で小学校の給食調理員をしておられて、日本の大学を出ている。そして、3年たつと内規によって次の別の一般職の試験を現業から受けられるというシステムがあるわけですね。それで彼が受けようとすると、あなたは日本国籍じゃないからだめだといってけられた。それで帰化をしたらということです。しかし、帰化をしたら自分の立場はもう変わってしまうから帰化はしないといって、ことしもまた受けるようなんです。

 

ところが、調べてみますと、東京都の23区は全部だめで、周辺にある東京都下の衛星都市の24市はオーケーだと、こう言うんですね。一体東京23区と韓国とは何かこれ対立関係でもあるのかと思いたくなるわけで、同じ公務員でなぜこういうことが起こるんですか、自治大臣


○政府委員(滝実君)

自治省の公務員部長でございます。

 

ただいまの御指摘にございましたお話でございますけれども、基本的には、従来地方団体が任用試験をする場合に、外国籍というものにこだわっていると申しますか、そういうものを意識して、国籍を要するとかあるいは要しないとか、こういうような扱いをしている団体もございますし、また従来そういう外国人の任用というものを余り意識せずにしている、こういうような団体もあるわけでございまして、したがって、この東京都の23区と、おっしゃるように東京都下の各市の扱いが明文上では区別されているわけでございますけれども、それがどのような観点から出たかという点については必ずしも明確じゃないということになろうかと思います。

 

今のところ実態を申し上げますと、23区の場合にはおっしゃるように国籍条項というものを明示しておるわけでございます。それから、あとの東京都下のほかの市の場合にはそういう明示がないわけでございますけれども、必ずしも実態の運用がそのとおりになっているかどうかというのははっきりしない点がございます。と申しますのは、東京都下の各市の場合、今までどうもそういうような日本人以外の募集と申しますか、任用と申しますか、そういうような例がどうもないようなふうに私ども承知しておりますので、その辺のところはやはり必ずしも従来明確でないという点があろうかと思います。


○本岡昭次君 

余り時間がないのでやりとりしたくないんで、これはひとつ自治大臣と総理に、やっぱりこれは民族問題ですから、基本的な考えを聞かせていただいて、次のところにまた行きたい思うんですが、どうぞお願いします。


国務大臣奥田敬和君)

国家公務員も地方公務員も、もうくどくど申しませんけれども、当然の法理、公権公使にかかわる、そういった形に対しては日本国籍を有するという形が基本的な認識でございます。

 

しかしながら、地方公務員に現在のところ医療技術者とかあるいは保健婦さんとか保母さんとか、一般の運転手職あるいは機械のオペレーターとかいう形では地方公務員としての採用はされておることは事実です。ですけれども、一般職ということになると、やはりそれぞれの自治体の判断にも基づきますけれども、現在のところ採用がないのが現状でございます。


○本岡昭次君 

いや、長官、だから考えの方を述べていただきたいと思うんです。


国務大臣奥田敬和君) 

今後そういった形で、技能職を中心にして雇用はできるだけするようにという形でやっておりますけれども、地方自治体といえどもやっぱり法理には当然かかってまいりますし、私たちとしては、一般職に関しては日本国籍を有する、そのことをやはり採用の条件にされている自治体が多いという実態でございますし、またそうであってほしいと思っております。


○本岡昭次君 

ヨーロッパなどの先進国では、一定期間居住した外国人には地方選挙の参政権まで与えている。中には国会議員の候補者になれる国もあるというふうなことが出てきておるんですよね。やはりこうした問題ももう少し、先ほどの国際化の問題、あるいはまた在日朝鮮人、韓国人等のさまざまな日本人との関係の問題を改善していく一つの方策として、前向きにこれをやっていただきたいというふうに思うんですよ。これはもうやっぱり総理なんかの政治的な決断だと思うんですがね、どうですか。


国務大臣海部俊樹君) 

自治大臣が申し述べましたように、政府は従来から、公務員に関する当然の法理として、公権力の行使または公の意思の形成への参画に携わる公務員になるためには、日本国籍を必要とすると解釈をしてきております。当然の法理に該当するかどうかは、当該地方公共団体において職務内容を十分検討の上判断されるべきものと考えております。なお、当然の法理に該当しない職員については任用の道を開いていくべきものと考えておりますので、採用の機会の拡大については検討をいたしたいと思います。


○本岡昭次君

大変不満ですが、またこれからいろいろと議論する場があろうと思いますから、そちらの方に譲っていきます。


それでは次の問題の、農業基盤整備事業問題について若干質問いたします。
(略)

 

参議院会議録情報 第118回国会 予算委員会 第19号

 

本岡昭次氏が上で「民族差別」だと声を荒らげている事象は、日本人から見たら差別だとは思わず、逆に特定の民族への優遇だと思うことだろう。

 

通学定期に学割が効くがどうかは、朝鮮学校の法律の区分によっての区別であり、民族差別では無いことは明らかである。日本の学校に通学する自由は保障されているのにもかかわらず、自らの意志で朝鮮学校に通っていながら、学割が効かないのは民族差別であると主張するところに傲慢さを感じる。

 

また、朝鮮国籍の人間が公務員の任用で差別を受けているという訴えも、これも法律による区別であり民族差別では無いことが明らかである。帰化をして日本国籍をとる自由は保障されているにもかかわらず、自らの意志で帰化を選択せずに、公務員に任用されないのは民族差別であると主張するところにも傲慢さを感じる。

 

戦後、日本人は一部の人達のこの傲慢な態度を大きな心で受け入れて来た。しかし、一部の人たちは獲得した権利を当たり前のこととして、いつまでも傲慢な態度を取り続ける。その態度に堪忍袋の緒が切れたのが、今の日本の雰囲気なのだ。

 

しかし、この問題は悩めかしい。日本人は大きな心で受け入れて来たのだと言うことは、見方を変えれば、ややこしい問題への関わりを避けて放置して来たとも言える。放置しても問題は解決されず更に複雑に大きくするということを、ここで肝に銘じておくことが大切なのだ。

 

 

 

慰安婦の問題に話を戻す。

 

1990年(平成2年)5月24日

盧泰愚大統領訪日

 

以下は、盧泰愚大統領訪当時の国会議事録である。

【5月25日の参議院予算委員会

穐山篤君 

外務大臣、韓国大統領が訪日されまして、大変御多忙だと思います。御苦労さまです。最初に、今回大統領が訪日をされまして、総理あるいは外務大臣その他の閣僚との間にいろんな協議がされると思うんですが、主たる政治的な課題はどういうものを予定されておりますか。まず最初に伺いたいと思います。

 

国務大臣中山太郎君)

まず第一に、政治的な課題といたしましては、この大統領の訪日を契機に過去に起因する諸問題について一区切りをつけたい、これがまず第一であります。日韓間で今後世界的視野に立った未来志向的関係の構築をしていくことを確認したいということがございます。


このような観点から、首脳会談では、世界情勢、過去の歴史に対する認識、三世問題等につき意見の交換を行っておりますし、海部総理より、過去に対する明確な認識を述べられるとともに、諸問題の解決に向け大きな進展を図る等、先ほど申し上げました過去に一区切りをつける上で非常に大事な意義のある会談になろうかと、このように考えております。

 

○穐山篤君

今回の大統領との協議を含めて、来年まで具体的な個別の問題について協議する予定になっていると伺っておりますが、取り決めをする予定になっているもの、あるいは取り決めをしなければならぬという課題は、具体的に何でしょうか。

 

国務大臣中山太郎君)

委員お尋ねの来年の一月までに解決を見なければならない問題は、去る四月三十日に外相会談でいろいろと協議をいたしました結果、次のようなことを含めて関係事項の整理をいたさなければなりませんし、両国間で満足のいく解決をしなければならないという申し合わせをいたしております。

 

まず第一は、三世問題につきましては、簡素化した手続で覊束的に永住を認めるという制度をつくることであります。第二は、退去強制の事由は、内乱、外患の罪、国交、外交上の利益にかかわる罪及びこれに準ずる重大な犯罪に限定すること。第三は、再入国許可については、出国期間を最大限五年とする。第四に、指紋押捺については、三世以下子孫の立場に配慮し、これを行わないこととする。このために指紋押捺にかわろ過切な手段を早期に講ずる。第五、外国人登録証の携帯制度については、三世以下子孫の立場に配慮した適切な解決策を見出す。第六、その他、教育問題、地方自治体公務員及び教師の採用問題、地方自治体選挙権問題等については、今後とも協議を続けていくこととする。


こういうことを申し合わせておりますが、さらに詰めるべき点を詰めていくとともに、引き続き協議すべき事項につきましては明年一月をめどに日韓双方が満足し得る結論を見出すように双方で努力する、こういうことであろうかと思っております。

 

○穐山篤君 

外務大臣並びに厚生大臣に伺いますが、この際、原爆被爆者の問題について具体的に協議をされる予定であるのか、あるいは仄聞するところによると一定の方向が出ているやに聞いておりますが、具体的にはどうでしょうか。

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【5月30日の参議院予算委員会

國弘正雄君 

まず最初に、先ごろの盧泰愚大統領の訪日に関連して幾つか伺いたいと思います。

 

後になって過去を変えたり、起こったことを起こらなかったりするわけにはいかない。過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となる。こう申しましたのは西ドイツの大統領のワイツゼッカーでありまして、八五年の五月にこういう有名な言葉を吐いたわけですが、私はこの間の盧泰愚大統領の幾つかの講演、演説を聞いておりましてワイツゼッカーさんの発言を思い起こしていました。ただ、ワイツゼッカー大統領の場合には奪った者の反省がありました。他方、盧泰愚大統領の発言には奪われた者の大変に抑えた悲しみのようなものを私は感じました。

 

日本と朝鮮半島との関係あるいは朝鮮民族との関係が、日本側が奪った者であり、朝鮮半島側、朝鮮民族側が奪われた者であるということは言うまでもありません。そして、この間の私どもの同僚議員の要請によって、今政府はこの盧泰愚大統領訪日のいわばフォローアップに心を砕いておられるというふうに伺います。


そこで、まず官房長官にお尋ねをしたいんですけれども、この間の盧泰愚さんの訪日、彼の一連の発言、そして今私がワイツゼッカー大統領を引用したわけですけれども、そういった一連のことをお聞きくだすってどのような御感想をお持ちか、伺いたいと思います。

 

国務大臣坂本三十次君)

盧泰愚大統領が訪日をされて、そして非常に謙虚で、誠心誠意韓国の気持ちを私どもに伝えていただきました。そして、歴史の認識を共有するということからあすの協力が生まれるんだ、歴史というものは神様でもこれは消すことはできないというようなお話もありました。そういう意味で、日本が植民地支配をやったその歴史的な認識というものは私どもも厳しく反省をして、この過ちは二度と繰り返してはならぬというそういう反省のもとに、しかし、そこまで共通の認識を持ったならば、過去は勇気を持って断ち切ろうというのが盧泰愚大統領のお話でありました。私はまことにすばらしいことだと思っております。


そういう意味で、日韓のこのいわゆる過去を清算して、新しい日韓友好の時代をつくって、アジアの平和にも貢献したい。私はその未来性に対して非常にうれしく、我々も協力しなければならぬと思っております。「人生の本舞台は常に将来に在り」と、この国会の前にも尾崎咢堂が書いてありますが、両国関係もまさにそのとおりだろうと思っております。

 

○國弘正雄君 

過去を断ち切るということを韓国の大統領がおっしゃったということは、これは先ほども申しましたように大変に抑えた悲しみのもとに生まれた発言だと思います。過去を断ち切るということが大事であることは今官房長官の仰せのとおりですけれども、しかし、歴史は逆立ちした予言者であるなどという言葉もありまして、やはり我々が過去を振り返るということは、何も感傷に浸ったり、あるいは好事家的な物好きで過去のいろいろな事実を探し出すということではなくて、未来への展望を過去を振り返ることによって手に入れる、その意味において歴史は逆立ちした予言者であるということが言えると思うんです。


そういう立場に立ちますと、日本とそれから朝鮮民族との間の関係というのは、例えば我々は彼らの土地を奪いました。彼らの名前を奪いました。創氏改名がこれであります。そして私の調べたところでは、創氏改名を強いられた朝鮮民族は四分の三にも及んでいたと聞いています。また、彼らは日本語を使うことを強要されるという意味において言葉を奪われました。そしてまた、熱心な儒教の徒であったり、あるいはクリスト者がアジアにおいては珍しいぐらい多いあの地域において私どもは彼らに神道を強要いたしました。朝鮮神宮などというのはその一例であります。つまり我々は彼らから土地を奪い、名前を奪い、心を奪い、そして言葉を奪ったわけであります。しかも我々は彼らの命をも奪ったわけでございます。


例えば、後でちょっと触れたいと思いますけれども、地震の問題に関連して、関東大震災のときに、当時は朝鮮同胞あるいは半島同胞などという名前で呼ばれたいわゆる朝鮮人が少なくとも六千人あのどさくさに紛れて殺されたという事実もございます。しかも朝鮮人が攻めてくる、不逞鮮人が毒をまいているなどというデマは、実は流言飛語という形でしたけれども、それはただ単に民衆の側から自然発生的に出たものではなくて、当時の警察や軍隊がその通信網によって広げたという流言飛語でもありました。


そういったようなことを考えますと、私どもはそう簡単に過去を断ち切れないのではないか。少なくとも朝鮮民族に関する限り、彼らがそうやすやすと過去を断ち切ることができないのではないかというふうに思います。とにかく彼らはもう儒教の伝統に骨がらみずぶぬれな人々でありますから、例えば家系であるとか家名であるとか、あるいは先祖の祭祀、お祭りというようなものは我々日本人よりもはるかに大事にする人々であります。そういう人々に対して我々は今申し上げたようなことを強制したわけでございますから、我々の側からすればそのことはいつまでも記憶にとどめておかなければならない事実であって、盧泰愚大統領の温情にいい気になっているわけにはいかない。しかも、盧泰愚さんが何を言われたにしても、韓国の民衆の中にやはり不満が七〇%近く存在するという事実を我々は忘れるべきではないと思います。


このごろ国際化ということがかまびすしく言われるわけですけれども、ごく近い過去における国際社会、これは朝鮮半島全部あるいは中国あるいは台湾というようなところを全部含むわけでありますが、そのマイナスのかかわり、負のかかわりを知らない若者が最近大変にふえております。こういう若者たちが国際化時代とやらであちこちに出かけていくこと、私も大学の教師でございましたからよくそのあたりの事情を知っておりますが、これはちょうど海図もなしに船出をするような非常に危うげなものを感じます。


そこで、私は文部大臣にお伺いしたいわけでございますけれども、そういう今申し上げたような現代史あるいは近代史、その知識が十分になければ国際化時代に船出することなど危なっかしくて見ておれないというようなそういう認識あるいは見識、そして少なくとも知識、そういうようなものが今の日本の教育の中でどのように行われているか、あるいはそれをどのように持っていこうとしておいでになるか文部大臣の御所見を承りたく思います。

 

国務大臣保利耕輔君)

私は終戦のとき小学校の五年生でございました。以降、中学、高等学校、大学と進みましたが、いわゆる戦後の教育を受けた者でございますが、今御指摘のようなことというのは私自身も余り教育を受けた記憶がなかったように思います。


しかしながら、私が政治家になりましてから、この問題は非常に大事だということを感ずるようになりました。それは、たまたま私の地元が唐津という町でございますが、その近くに肥前名護屋城城址がございまして、ここがいわゆる秀吉の朝鮮出兵の拠点になったところでございました。その歴史をいろいろと勉強し、また朝鮮半島とのかかわりについて地元の人からいろんな話を聞く中で、次第に韓国の問題が私の頭の中に意識としてできてきたわけでございます。


そういうような自分自身のことを考えてみまして、今先生御指摘のように、現代の若者が朝鮮の歴史について、あるいは日本と朝鮮とのかかわりについて知らないのではないかというお話でございますが、先日も御指摘をいただきまして、いろいろな教科書を調べてみますというと、昭和五十七年のいわゆる教科書の問題に端を発しまして、創氏改名でありますとか、強制連行でありますとか、あるいは日本語の教育でありますとか、そういうことについては全部の教科書が触れているのを私調べました。そして、これだけのことが書いてあって、これをきちんと教えられれば一応の歴史の理解はできるのかなと思いました。


しかし、私自身の経験からいいますと、日本の歴史は非常に長いものですから、縄文式、弥生式というようなところからずっと入っていきまして、大体今授業の形としては、江戸中期から末期ぐらいに入りますと、もうそれから授業が進まないで学期末になってしまうというようなことになって、どうしても現代史というものの教育にまでいかないで終わってしまうんではないかというような個人的な気持ちを持ちますがゆえに、非常に大事な今御指摘の日本と朝鮮半島あるいはアジアに対するいろいろな問題についてのところまで手がいくように、そういうことを考えまして、少なくともここのところはきちんと教育をしてもらいたいし、さらに飛ばすようなことがあってはまずいなというような気持ちを持っておるわけでございます。


たまたま、文部省といたしましても、昨日から始まりました教育課程講習会というものが各地で始まりますが、その場をとらえまして、各地の教育者にこの問題についてしっかりした認識を持っていただくように関係者の指導に当たりたいということで、私たちも努力をしていかなきゃならぬ、こういうふうに思っておるところでございます。

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上の議事録から分かるように、この段階で慰安婦問題が全く問題となっていないことが分かる。

 

 

1990年(平成2年)6月6日

参議院予算委員会で、日本社会党本岡昭次議員が戦時の強制連行の中に朝鮮人従軍慰安婦が含まれるのか否かを問いただす

韓国人は、戦争当時日本軍に従事していた朝鮮人慰安婦は、朝鮮人強制連行の範疇に含められるものと思っていた。この点を社会党の本岡昭次議員が政府に問い質すと、「朝鮮人慰安婦の募集は国家総動員法に基づく募集ではなく、民間の業者が募集したともの考えている」と答弁される。つまり国家の関与(国家権力による強制徴収)を日本政府が否定した。

朝鮮人強制連行(ちょうせんじんきょうせいれんこう)とは、第二次世界大戦中に日本(大日本帝国)が日本統治時代の朝鮮において朝鮮人労務者強制連行したことを指す。ただし、戦時中の動員(労務動員)徴用を「強制連行」とすることには議論がある[1][2][3]。戦中の労務動員について朝鮮人労働者移入ともいわれる[4]

戦後、朝鮮人強制連行問題は歴史認識問題・歴史教科書問題戦後補償問題として取り上げられてきた。

朝鮮人強制連行 - Wikipedia

この答弁に対して、韓国では強い批判が起こった。

 

 

1990年(平成2年)9月24日

自民党金丸信社会党田辺誠らと共に北朝鮮を訪問し、26日に妙高山金日成と会談

社会党副委員長田辺誠の肝煎りで90年9月自民・社会両党の議員による金丸訪朝団が平壌を訪れた。マスゲームで大歓迎された経世会会長金丸信自民党幹事長小沢一郎らは、金日成と日本語で会談。

その結果、国交正常化や植民地統治時代の補償とともに、日韓国交回復時の条件と整合性のとれない「南北朝鮮分断後45年間についての補償」という約束も政府と相談なしに自民党社会党朝鮮労働党の三党で交された。この金丸らの愚行に「土下座外交」と非難が集中した。これを聞いてビックリしたのは韓国アメリカである。

朝鮮ベトナムの分断は、米英ソ三国ポツダムでの軍事委員会の合議に基づいており、朝鮮の分断を決定づけたのは朝鮮戦争である。侵略したのは北朝鮮であったとさえ言われており、まして日本は戦争の当事国ではない。日本政府は直ちに釈明の特使を米韓両国に派遣した。

これにより日朝間の問題をこじらせる結果になったのは、日朝両国にとって不幸であった。かって台湾総統李登輝は金丸に会って、このレベルの男が日本のキングメーカーであり、政界のドンであるとは信じられないと語ったという。

金丸・小沢の土下座外交 - 共鳴の読後感

 

 

1990年(平成2年)10月17日

韓国の韓国教会女性連合会、韓国女性団体連合などの女性団体37団体が挺身隊研究会(代表 尹貞玉)とともに声明を発表

日本政府委員の答弁を批判し、「慰安婦」は強制的に連行された存在であることを認めるようにとの要求からはじまる6項目の「要求」を日本政府につきつける。公式謝罪、真相の究明と発表、犠牲者のための慰霊碑の建設、生存者遺族への補償、歴史教育での取り上げを要求した

 

これに関して、またもや日本社会党本岡昭次議員が1991年(平成3年)4月1日の予算委員会で答弁している。

○本岡昭次君 

それでは、総理に伺いますが、昨年の十月十七日ソウルの日本大使館に、韓国教会女性連合会、韓国女性団体連合など三十九団体の代表が訪れ、従軍慰安婦問題に関する海部総理あての公開書簡を手交されているが、これをごらんになられましたか。

 

国務大臣海部俊樹君) 

見ました。

 

○本岡昭次君 

見てどう思われましたか。

 

国務大臣海部俊樹君) 

この問題にはいろいろなことが書いてございましたので、それらの問題について私は、どのようなことであったのか、できるだけ調べて内容を知りたいと思ったところであります。

 

○本岡昭次君 

返事を出されますか。

 

国務大臣海部俊樹君)

このことにつきましては、まだ今御返事を差し上げるような具体的な状況が把握されておりませんので、まだ差し上げておりません。

 

○本岡昭次君 

海部総理に対する要請はどういう要請になっておりますか。六項目あると思いますが、それをひとつ読んでいただきたいと思います。

 

○政府委員(谷野作太郎君)

事実関係でございますので私から御答弁申し上げます。お話しのように六項目ございますので、読み上げさせていただきます。

 

日本政府に対する要求ということでございまして、第一点は、日本政府は朝鮮人女性たちを従軍慰安婦として強制連行した事実を認めること。第二点は、そのことについて公式に謝罪すること。第三点は、蛮行、野蛮な行為でございますが、のすべてをみずから明らかにすること。第四点は、犠牲になった方々のために慰霊碑を建てること。第五点は、生存者や遺族の方々に補償をすること。そして最後に第六点として、このような過ちを再び繰り返さないためにも日本における歴史教育の中でこの事実を語り続けてほしいという六項目の要求でございます。

 

○本岡昭次君 

今の六項目について、政府は早急に返事を行うべきだと私は思うんですが、どうですか。

 

○政府委員(谷野作太郎君) 

本件書簡の主題でございます従軍慰安婦の件につきましては、先ほど労働省からお答えがございましたように、御調査になりましたけれども手がかりになる資料がなかったということでございます。

 

したがいまして、そういう前提に立ちますと、なかなか具体的な、まして御満足のいただけるような御回答はできないわけでございますけれども、例えばその他の歴史教育等の問題も書いてございますので、確かにいただいた書簡につきまして御返事しないまま打ち過ぎるのもどうかと思いますので、とりあえずは、例えば私どものソウルの大使館から現状について先方の関係の団体に御説明するような措置はとりたいと思います。

 

○本岡昭次君 

私も昨年従軍慰安婦問題を質問しました経緯もありまして、その後いろんな調査もしてまいりました。そこで、私の手元に沖縄送還朝鮮人名簿、約千六百名、実際は千五百八十四名の名簿が入手できました。これは沖縄米軍屋慶名収容所に収容された朝鮮人の名簿の写しであります。これはGHQの中から資料として日本に送り返されたものの中の一部であります。そして、連合国軍最高司令官総司令部記録の写しということであります。


ところが、この名簿の千五百八十四名の名前を一つ一つずっと丹念に調べておりますと、朝鮮女性というふうに明らかにわかるものが五十一名、それから朝鮮女性であると考えられる四十七名がこの中から発見されたのであります。これまで強制連行の名簿というのがいろいろ発見されましたが、女性が含まれているというようなことはほとんどないわけであります。


そこで、沖縄の捕虜収容所に朝鮮人の方が収容された、そこに従軍慰安婦がいたというふうな関係の書籍が幾つも出ているのでありまして、私はそうしたものを裏づける名簿ではないかというふうに思っております。そういう意味で、ここに書かれている女性は、従軍慰安婦、女子挺身隊ということで徴用された人たちが戦争の終わった後捕虜収容所ということで、非軍事員ということでここの名簿に登載され、そして韓国へ送り返された、こういう事態ではないか、このように思います。これの事実確認と、この調査結果を私は出していただきたいと思うんですが、いかがですか。

 

○政府委員(若林之矩君)

お答え申し上げます。ただいま先生御指摘の国立国会図書館のGHQの返還文書でございますが、マイクロフィッシュ三十万枚に及ぶという膨大な資料というふうに聞いております。その中に沖縄送還朝鮮人名簿というものがあるというお話でございまして、これは一千五百八十四名分の汽船乗船員名簿で、名前だけがずっと掲示されているというように聞いております。


この資料につきましては、保有者が国会の図書館でございますので、労働省といたしましては、いわゆる朝鮮人徴用者等に関する名簿に該当するかどうかにつきましての調査確認をお願いするように依頼をしたいと思っております。そして、私どもといたしましても、この御指摘の資料がいわゆる朝鮮人徴用者等に関する名簿に該当するかどうかにつきまして、国立国会図書館とよく連携をとりながら調査したいと考えております。

 

○本岡昭次君 

韓国の方にもお願いしまして、これは共同で調査すれば事実がもっとはっきりするのではないかと思うんですが、いかがですか。

 

○政府委員(若林之矩君)

今回の徴用者等の名簿につきましては、韓国政府から私どもの方に協力の要請があったものでございますので、あくまでも私どもとしてできる限りのものをまとめまして先方に差し上げるということでございますから、私どもとして全力を挙げて調査をしたいというふうに考えております。

 

○本岡昭次君

今私が持っておりますこの千五百八十何名ですか、この名簿は今入手されておりますか。

 

○政府委員(若林之矩君)

お話は伺っておりますけれども、まだ私ども入手をいたしておりません。国会図書館の方にお願いをいたしまして、今後そういったような確認の調査の御依頼をしたいと思っております。

 

○本岡昭次君

私が今渡しますから、国会図書館に依頼するんじゃなくて、日本の政府の手によってこれは明らかにしていただきたいと思いますが、やっていただけますか。

 

○政府委員(若林之矩君)

もとより先生から資料をいただきますれば私どもとして調査いたしますが、しかしやはり国会図書館の保有しておられる資料でございまして、これまでも関係省庁等の保有しておられる資料につきましてはそれぞれのところで確認をいただきまして、私ども連携協力して調査確認を行うということにいたしておりますので、これにつきましてもそのような段取りを踏んでまいりたいというふうに考えております。

 

○本岡昭次君 

従軍慰安婦の存在は、民間の業者がそうした慰安所朝鮮人の方を連れていったということは聞いているが、政府の責任でというふうなことはない、こうおっしゃっているんですが、それでは女子挺身隊というものの存在はあったんですか。

 

○政府委員(若林之矩君)

お答え申し上げます。女子挺身隊でございますが、女子挺身勤労令というのが、国家総動員法に基づきまして昭和十九年の八月付で勅令第五百十九号によりまして定められております。

 

これによりますと、挺身勤労を受けようとする者は地方長官に対して請求または申請をする。地方長官はこの請求または申請を受け、必要があると認めたときは、市町村長、団体の長、学校長に対し女子挺身隊員の選抜を命令する。地方長官は、命令を受けた市町村長等が選抜した者の中から隊員を決定し、挺身勤労令書を交付する等々の内容でございます。そして、勤労令書の交付を受けた隊員は挺身勤労により総動員業務を行うというふうにされております。

 

○本岡昭次君 

その女子挺身隊に朝鮮人女子挺身隊というふうなものがありましたか。

 

○政府委員(若林之矩君)

私ども、そのような名称は聞いておりません。

 

○本岡昭次君 

今、韓国の梨花女子大学の教諭であります尹貞玉さんという方がこういう一文を残されております。現在生きておられますが。


一九四四年一二月、梨花女子専門学校一年の時、南北朝鮮半島全土の各地で、未婚の若い女性を手当り次第に挺身隊に狩り出す惨たらしい出来事が繰り広げられた。このことで、多くの学生が結婚を急ぎ、退学し始めると、慌てた学校当局は「学校が責任をもって言う。あなた方には絶対そのようなことはない」と公言した。


しかし、しばらく後、私たちは国民総動員令を応じるという書式に捺印しなければならなかった。


私は父母の言葉に従い学校を退学し、挺身隊を免れたが、その頃、私と同世代の多くの女たちが、日帝によって狩り出されていったのだ。

 

こういう文書もあるんですが、本当になかったんですか。

 

○政府委員(若林之矩君) 

お答え申し上げます。私どもといたしましては、朝鮮人従軍慰安婦問題という御指摘でございましたので調査をいたしましたが、当時、厚生省の勤労局あるいは国民勤労動員署というのがございまして、こういうところが動員業務を担当していたわけでございますが、当時そこに勤務をしておりました者から事情を聴取いたしました結果、厚生省勤労局も国民勤労動員署も朝鮮人従軍慰安婦といった問題には全く関与していなかったということでございまして、私どもそれ以上の状況を把握できないということでございます。

 

○本岡昭次君

関与していなかったということと、その実態があったのかどうかというのは別問題なんですよ。私は女子挺身隊というものの実態は何であったのかということを改めて調査を要求します。

 

○政府委員(若林之矩君)

ただいま申し上げましたように、繰り返しになって恐縮でございますけれども、当時の勤労局あるいは国民勤労動員署、こういうところが動員業務を行っておったわけでございまして、こういうところに勤務をしておりました者が全く朝鮮人従軍慰安婦問題については関与していなかったということでございまして、このような関係の実態をそういうルートでなくて調べるということはできないというのが現状でございます。


私どもといたしましては、徴用の名簿につきましてはこれまでも誠意を持って取り組んでまいりまして、今後ともこの調査、確認に努力をしてまいりたいというふうに考えております。

 

○本岡昭次君 

納得できませんね。それでは、先ほどの千五百八十何名の名簿の中に女性がいる、その女性は沖縄で一体どういう仕事についていたんだとあなたは思いますか。

 

○政府委員(若林之矩君)

私ども、それがどういう実態であるかということはわかりませんが、先ほど申し上げましたように、それが徴用者の名簿に該当するかどうかという観点から、できる限り調査をしてみたいと思っております。


ただ、先ほど申し上げましたように、いずれにいたしましてもそれは名前だけがずっと並んでいるということのようでございまして、大変に難しい問題だというふうには認識いたしております。

 

○本岡昭次君

政府が関与し軍がかかわって、女子挺身隊という名前によって朝鮮の女性を従軍慰安婦として強制的に南方の方に連行したということは、私は間違いない事実だというふうに思います。

 

その裏づけができないので、今ああして逃げているわけでありますけれども、やがてこの事実が明らかになったときにどうするかということを思うと、本当に背筋が寒くなる思いがするわけでございます。

 

海部総理、これはあなたが総理として日韓関係を考えるときに、この問題をどういうふうに対応していったらいいと思われますか。

 

国務大臣海部俊樹君) 

昨年の日韓首脳会談でこのテーマも出ましたし、また私自身の方から盧泰愚大統領に対しても、直接我が国の行為によって過去に犯した耐えがたい苦しみや痛みに対して率直に責任を感じ反省をしていますという過去の歴史に対する認識を申し述べ、過去のわだかまりを越えた日韓新時代をつくるためにそういう認識に立ってくたことを非常に評価をし感謝する、こういうことで盧泰愚大統領との間の話が決着をし、そのとき、たしか外相会談だったと思いますが、それに関する名簿等の提出を要求されましたので、政府としては誠意を持ってできる限りその調査をするということを決定し、それを行っておるところでございます。

 

○本岡昭次君 

総理は、カナダ政府の日系カナダ人に対する謝罪と補償、私この手紙を渡しておきましたが、お読みいただきましたか。その感想を言ってください。

 

国務大臣海部俊樹君)

拝見させていただきました。


そして、それによりますと、当時のカナダ政府は、ブリティッシュコロンビア州の日系カナダ人全員を同州から退去させるとか、あるいは財産を押収するとか、あるいはよその強制収容所に収容するなどのいろいろな政策を実施したわけでありますが、それについて誤りであったということを議会で表明し、そしていろいろな対応策をとったということが詳しく出ておる手紙でございます。

 

拝見させていただきましたし、私はそういうことをカナダ政府がされたということに対しては、両国の間のわだかまりを解くことに非常に大きな意味があるのではないか、このように率直に受けとめております。

 

○本岡昭次君

私の身内の中の一人がその文書を入手したわけですが、私は同じように日本と韓国の関係では、人権上の原則というものを侵害して非常に不当なものであったというやはり公式な謝罪、そしてその者に対する一定の補償、そうしたものをやらなければ日韓の本当の意味の信頼関係は生まれない、こう思うんですが、どう思われますか。

 

国務大臣海部俊樹君)

その問題を含めて、私は過去の我が国の行為によって耐えがたい痛みや苦しみを与えたことを深く反省して、率直にこの認識を述べて、再びこのようなことが起こらないように前向きの対応もしていかなきゃならぬと。

 

そういったことについては盧泰愚大統領も、そこまで歴史の認識を正しくしてもらうことが大切であって、わだかまりを乗り越えて新時代に向かっていこう、こういうことで基本的に合意をしたわけであります。

 

そして、ただいま在日韓国人三世問題とか、いろいろなテーマに出た問題等がございます。それは誠意を持って今片づけつつあるさなかでありますし、また名簿のことについても、そのようなことについてできる限りの調査を進めさせておるところであります。

 

○本岡昭次君 

この従軍慰安婦問題はその中の最も重大な問題だというふうに私は考えております。


日韓二十一世紀委員会の最終報告、これは海部総理のところに出ておると思いますが、この中にも日韓の歴史をめぐる認識ギャップ、本当に私たちが心すべきことがここに書いてございます。

 

やはりその中の一つにこの強制連行の問題、あるいは特にこの従軍慰安婦問題というのは、これは日本国の責任できちっと解明をしていかない限り、いかに海部総理が過去の過ちをと、こうおっしゃっても、私は根っこから信頼関係は生まれない、それほど重要な問題を含んでいる、こう思っているのであります。

 

ひとつ海部総理の方もこの問題に対して大きな問題意識を持って解明に努力をして、各省庁に対して積極的な指導性を発揮していただきたいと思いますが、いかがでございますか。

 

国務大臣海部俊樹君)

御質問の御趣旨等も踏まえ、また、私の方も韓国の大統領との首脳会談でそれらのことについては率直に反省の意を表明しておるわけでありますから、それを乗り越えて未来志向型の関係に移っていくためにも、過去の問題についてはできる限り調査をし、真実を明らかにし、提供すべきものは提供していかなきゃならぬと思っております。

 

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1991年(平成3年)8月11日

朝日新聞が初めて元慰安婦の金学順を取材して記事にする。

朝日新聞が1991年8月11日に掲載した慰安婦の記事に金学順が初めて登場する。インタビューして記事にした記者は当時ソウル支局勤務であった植村隆記者。

 

この記事における『日中戦争第二次世界大戦の際、「女子挺身隊」の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」のうち、一人がソウル市内に生存していることがわかり、』という記述から、韓国で「女子挺身隊」=「従軍慰安婦」という認識ができたとされている。後の訴訟時にはこの「女子挺身隊」という用語は登場していない。

 

植村隆記者は「連行された」との報道を行ったが、1991年5月15日「ハンギョレ新聞」では、「生活が苦しくなった母親によって14歳の時に平壌のあるキーセン検番(日本でいう置屋)に売られていった。三年間の検番生活を終えた金さんが初めての就職だと思って、検番の義父に連れていかれた所が、華北の日本軍300名余りがいる部隊の前だった」という彼女の証言を報道している。

金学順 - Wikipedia

 

この記事が出た後、またまた日本社会党前畑幸子議員と清水澄子議員が以下の答弁をしている。

 【8月27日 参議院予算委員会

○前畑幸子君 

ありがとうございました。次に、ことしは開戦五十周年に当たり、アジアの戦後補償についてお聞きしたいと思います。十二月八日を目前にいたしまして、韓国を中心に日本の侵略と戦争行為によって被害を受けたアジアの人々が日本政府に謝罪と補償を求めて裁判に提訴するという準備を進めているということでございます。政府は、こうした動きに対していかなる認識をお持ちですか。総理の見解を聞きたいと思います。

 

国務大臣中山太郎君)

昨年十月の海部総理の施政方針演説におきましても、政府といたしましては、朝鮮半島地域のすべての人々に対し、過去の一時期、我が国の行為により耐えがたい苦しみと悲しみを体験されたことについて、深い反省と遺憾の意を表明していることは御存じのとおりでございます。


今後は、このようなことを二度と繰り返してはならないという反省と決意の上に立ち、平和国家としての立場を堅持するとともに、未来に向けて新しい日韓関係を築いてまいりたいという政府の方針を堅持いたしております。

 

○前畑幸子君 

前向きな日韓関係を一層進めていただきたいと思います。ここで、続きまして清水委員から関連質問をさせていただきます。

 

○委員長(中村太郎君)

関連質疑を許します。清水澄子君。

 

清水澄子

外務大臣、韓国では民間の中からどのような要求が起こっておりますでしょうか。

 

国務大臣中山太郎君) 

アジア局長から具体的に御説明を申し上げたいと思います。

 

○政府委員(谷野作太郎君)

お答え申し上げます。韓国におきまして、最近、いわゆる強制連行者あるいは元軍人軍属の方々、サハリンの残留者の方々、元戦犯あるいはその家族の方々から補償あるいは未払いの賃金の支払い等を求めでいろいろな訴訟なりを行う運動が起こってきておりまして、私どもも報道等を通じてそのようなことを承知いたしております。

 

清水澄子

今、なぜこういう補償要求が出てきたのでしょうか。その理由をどうお考えでしょうか。

 

○政府委員(谷野作太郎君)

個々のケースによって当事者の方々のお気持ち等は異なるのではないかと思います。一概に私の方から御説明する資料もございませんけれども、他方、いずれにいたしましても、先生も御存じのとおりでございますが、政府と政府との関係におきましては、国会等でもたびたびお答え申し上げておりますように、六五年の日韓間の交渉をもってこれらの問題は国と国との間では完全にかつ最終的に決着しておるという立場をとっておるわけでございます。

 

国務大臣中山太郎君)

昨晩、私は委員会終了後に、来日中の韓国の外務次官と約四十分間会談をいたしましたが、政府間の関係は、韓国の外務省の次官の言葉をかりれば、今日ほど日韓関係が円満にいっていることはないという御意見でございました。

 

盧泰愚大統領の訪日、また海部総理の訪韓ということによって、日韓関係は未来に向けて共同のパートナーとしてこれから活躍をしていこう、またアジア・太平洋における行動についてもパートナーとして協力をやっていく、またグローバルな立場でも協力をしていこうということが日韓間の国際的な外交に関する基本的な認識であるということも、昨晩双方で確認をいたした次第であります。

 

清水澄子君 

そこで、今おっしゃいましたように、政府間は円滑である、それでは民間の間でも円滑でなければならないと思いますが、これまで請求権は解決済みとされてまいりましたが、今後も民間の請求権は一切認めない方針を貫くおつもりでございますか。

 

○政府委員(谷野作太郎君)

先ほど申し上げたことの繰り返しになりますが、政府と政府との間におきましてはこの問題は決着済みという立場でございます。

 

○政府委員(柳井俊二君)

ただいまアジア局長から御答弁申し上げたことに尽きると思いますけれども、あえて私の方から若干補足させていただきますと、先生御承知のとおり、いわゆる日韓請求権協定におきまして両国間の請求権の問題は最終かつ完全に解決したわけでございます。


その意味するところでございますが、日韓両国間において存在しておりましたそれぞれの国民の請求権を含めて解決したということでございますけれども、これは日韓両国が国家として持っております外交保護権を相互に放棄したということでございます。

 

したがいまして、いわゆる個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではございません。日韓両国間で政府としてこれを外交保護権の行使として取り上げることはできない、こういう意味でございます。

 

清水澄子

七月十日の韓国の国会で、野党が強制運行された朝鮮人の未払い賃金を請求することについて質問したことに対し、韓国の李外相がそれは日本から返してもらう権利があるという趣旨の答弁をしておりますが、このこととどういう関係になりますか。

 

○政府委員(谷野作太郎君)

韓国政府も、先ほど私が御答弁申し上げましたところ、あるいは条約局長が御答弁申し上げたところとこの問題については同じ立場をとっておるわけでございます。


ただいまお話のありました李相玉韓国外務大臣の発言がこの問題についてございますので、そのくだりを読み上げてみたいと思います。「よくご存じのように、政府レベルにおいては、一九六五年の韓日国交正常化当時に締結された、請求権及び経済協力協定を通じこの問題が一段落しているため、政府が」と申しますのは韓国政府がという意味ですが、韓国政府が日本との間において「この問題を再び提起することは困難である」、これが韓国政府の立場でございます。

 

清水澄子

意見がありますが、ちょっと先へ行きます。

 

きょうは、韓国の挺身隊問題対策協議会の会長もそちらに来て傍聴をしております。この会は、昨年の六月、この予算委員会におきまして、政府答弁が非常に納得できないということで三十五万人の韓国の女性たちの怒りの中で組織された会であります。


そして、私は今ここで御質問したいんですが、総理にお伺いします。政府は、今でも、従軍慰安婦問題に国は関与していないという認識でいらっしゃいますか。――いや、総理にお伺いいたします。

 

○政府委員(若林之矩君)

ただいまの御質問は、通常国会におきます私の答弁との関係での御質問だと存じます。


私ども、従軍慰安婦の問題につきましては、労働本省でいろいろ調査をいたしましたけれども、資料等がございませんでした。さらに、当時の勤労局あるいは勤労動員署で働いていた人につきましてもいろいろと聞いてみましたけれども、こういった方々の話でございますと、全く従軍慰安婦問題というものにはこれらの機関は関与していなかったということでございまして、私ども、そういうことになりますと、全くこの状況を把握する手だてがないということでございまして、政府が関与していたか否かを含めて状況を把握できないということでございます。

 

清水澄子君 

まことに論弁というよりも、日本政府というのがこれほど傲慢でうそつきだということに今本当に私も心から怒りを覚えております。


と申しますのは、国家総動員法に基づいて挺身隊というのは徴用を受けたわけです。それと、今これだけ情報を持っている社会、前の体制と違うことは事実です。しかし、それは本当に誠意があれば調べる方法はいっぱいあります。

 

私は今、時間がなくて持ってきませんでしたけれども、たくさんの手紙が来ています。自分は元軍人でこうしたという、本当にたくさんの資料を持ち出されて、日本政府がこういう答弁をしていることに自分たちも責任を感ずる、我慢できないという、そういう多くの日本の生存する実行行為者の皆さんからの資料さえ集まっているわけです。ですから、政府が本当にこれを集める気があればできると思います。

 

最近、ソウルで元慰安婦の方が、今おっしゃったような答弁にもう我慢ができないということで名のり出られました。そして今、秋にやはり法廷に出て日本の蛮行を証言したいと言っているわけです。そしてまた、韓国の女性団体からもこの問題を韓国の国会で取り上げるよう要求が始まりまして、秋の国会の議題になるということを聞いているわけです。


総理、日本政府の皆さん方の発言によって日韓の間の民間の友好ですら壊されていく、このことについて、これは大きな政治問題になる、外交問題になると思いますが、これは総理はどのように解決をされようとなさいますか、お答えいただきます。

 

国務大臣海部俊樹君)

日韓の問題につきましては、私自身も二度にわたる首脳会談で歴史の反省の上に立った認識を述べるとともに、未来志向型の日韓関係を築かなければならないということを盧泰愚大統領とも確認をし、また国会をお訪ねして与野党の指導者の皆さんともその問題については率直に話をしてきたところでありまして、厳しい反省に立った対応というものと、もう一つ、昨年五月二十五日の外相会談の際に、いわゆる朝鮮人徴用者等に関する名簿入手についての協力要請があったことは、これは労働省を中心に名簿調査を行っておるところでありますし、その結果、これまで九万人分の名簿を確認し、そのうち韓国政府への提出について保有者の了解が得られたものの写しを、本年三月五日、外務省が韓国側に提出したどころでありますが、政府は、こうした名簿の調査に専念したいと考えており、今後とも引き続いて労働省を中心として関係省庁が協力して誠意を持って対応してまいる所存でありますので、御理解をいただきたいと思います。


また、冒頭にお尋ねありました朝鮮人従軍慰安婦の問題については、先ほど関係省庁で調査の結果を申し上げたとおりでありまして、全く状況がつかめない状況であるということでありますので、私もそのような報告を受け、今後とも努力をあらゆる面で考えていかなければならぬと思いますが、実情についてはでき得る限りの調査をさかのぼってしてきたということでございます。御理解をいただきたいと思います。

 

清水澄子君 

納得できません。アメリカやカナダは、日系人強制収容者の人権を回復するために四十年目からでも事実を調査する機関をつくって、そしてその実態を調査し、補償いたしました。私は、こうしたアメリカの民主主義を日本は見習うべきだと思います。


ですから、日本でもぜひそういう調査委員会を設置していただきたい、そして今、御理解くださいじゃなくて、徹底して調査をするということをお約束いただきたいと思います。総理、御答弁お願いします。

 

国務大臣海部俊樹君)

今申し上げましたように、既に関係省庁で協力をしながら、引き続き調査を続けてまいります。

 

清水澄子

改めて質問いたします。ありがとうございました。(拍手)

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1991年(平成3年)12月6日

金学順が原告の1人となり、日本政府を相手取り賠償を求めて訴えを起こした。

 

アジア太平洋戦争韓国人犠牲者補償請求事件(アジアたいへいようせんそうかんこくじんぎせいしゃほしょうせいきゅうじけん)は、慰安婦に対する賠償を日本政府に求めた初の裁判2004年最高裁判所にて原告の敗訴が確定した。略称、韓国遺族会裁判。

概略[編集]

論点[編集]

東京高裁では損害賠償請求権が争点であった。

 

判決で高裁は「国は軍人および軍属に対し、戦時下でも安全配慮義務を負っている」との初の判断を示した。そして一部の原告については「将来処罰される危険を生じる違法な行為を命じられた」として損害賠償請求権の存在も認めた。 しかし、1965年日韓基本条約に伴う措置法および除斥期間の経過により権利は消滅したと判断。これにより日本国に対する賠償義務は認めなかった。

 

これを受けて最高裁判所では、原告は「旧日本軍の軍人軍属等であったが終戦後日本国籍を喪失した韓国在住の韓国人に対して、日韓請求権協定締結後に措置を講じず、戦傷病者戦没者遺族等援護法恩給法を維持したこと」が日本国憲法第14条の法の下に平等に違反すると主張したが、最高裁判所口頭弁論を開かず、高裁の判決を支持、棄却した。

アジア太平洋戦争韓国人犠牲者補償請求事件 - Wikipedia

 

この提訴を受けて、日本社会党清水澄子議員が国会で答弁している。

【12月12日 参議院予算委員会

○小林正君

最後に、この法案の審議経過でも問題になったわけでありますけれども、アジアの近隣諸国に対するいわゆる十五年戦争の謝罪と償いの問題についてお尋ねをしておきたいというふうに思います。


これまでの政府答弁は、政府間で解決済み、謝罪演説で事足れりとする姿勢に終始していたのではないかというふうに思うわけですが、今、具体的な問題として韓国の従軍慰安婦の存在が問題化してきておるわけであります。

 

このことについては、我が党の清水澄子議員が現地も訪れながら、この間取り組んでまいった経過もございますので、関連して質問をお許しいただきたいと思います。

 

○委員長(中村太郎君)

関連質疑を許します。清水澄子君。

 

清水澄子

まず、官房長官に質問いたします。去る十二月六日、太平洋戦争中に日本軍の従軍慰安婦や軍人軍属として戦場に駆り出された韓国の人たちが、日本政府に補償を求める裁判を起こしました。

 

それに対して官房長官が記者会見をされたそうですが、朝鮮日報というこれは韓国の一般に読まれている新聞でございますけれども、この七日の朝刊の一面トップに、日本政府、挺身隊とは無関係、官房長官が会見をした、そして民間業者の行為と主張、補償拒否、こう掲載されているわけです。

 

これがこの新聞だけではなく、いろいろ韓国の中で今大きな問題になっておりますけれども、官房長官はどのような発言をなさったのですか、ここでもう一度お答えいただきたいと思います。

 

国務大臣加藤紘一君)

その記者会見は、従軍慰安婦の問題はかなり心の痛む話であって大変な話であるけれども、今のところ、私たちのところで政府が直接に関与した資料はまだ見つかっていません、今鋭意調査してこれから考えていかなければという趣旨のことを申したんですけれども、今のところ政府の関与したデータが集まっていないという部分だけがちょっと突出して報道されたような感じがいたしております。

 

清水澄子君 

宮澤総理にお尋ねいたします。総理は、真珠湾攻撃五十周年を迎えるに当たりまして、同じく十二月六日にアメリカとアジア各地の皆さんに耐えがたい打撃を与えたことを深く反省しているということを表明されておりますが、その認識の中には、朝鮮民族に加えた植民地支配の被害や従軍慰安婦問題も認識をされておられるでしょうか。

 

国務大臣宮澤喜一君)

どなたであるとにかかわらず、戦争によりましてたくさんの方に耐えがたい苦しみを与えたということは十分認識をいたしております。

 

清水澄子君 

それでは、従軍慰安婦問題が存在したという事実は御認識なさっているわけですね。

 

国務大臣加藤紘一君)

どういう形であの従軍慰安婦という問題が起きたのかとか、歴史的にあの事実がどうだったか、どこが関与していたかということは、これから調べていかなければならない問題だと思いますけれども、しかし多くの証言がございますし、多くの研究所の歴史的な考察もありますし、ですから従軍慰安婦として働かされた人がいるということは事実だと思います。

 

それは、話を聞くにつれ非常に心の、胸の痛む話でありまして、また現実に従軍慰安婦として働かれた方が自分で名のられて話されるということ自体大変勇気が要っただろうし、また恐らく話されてまたみずから後悔したりするぐらいのいろんな心の思いを持ちながらお話しなさっていると思うんですね。その事実は、私たちは非常に重要なことだと思っております。

 

それで、昨日の記者会見でも申したんですけれども、単に法律とか条約とかいう問題だけではなく、この問題を見詰めていかなければならない部分があることだと思っております。

 

清水澄子君 

官房長官が非常に率直に自分の心のうちを述べていただいてありがたいんですけれども、しかし政府の公式見解というのは、これまでも、長官が六日に発表されたように、政府関係機関が関与したという資料は見当たらないんだと、だから政府としてはこの問題に対処することは非常に困難だという、やっぱりこれが大体今日までの政府の公式見解なんですね。


そこで、いつも政府は資料が見当たらないとおっしゃるわけですけれども、ここにアメリカの情報部が調べました調書の一部がございます。これによりますと、ビルマのミートキーナやメイミョーに十一カ所の慰安所があって、そしてそこには朝鮮人女性、中国人女性が陸軍の規則に縛られてビルマの日本軍に所属していた、そして一九四二年にはビルマに七百三人送られていたという非常に細かい調書があります。


御承知のように、ミートキーナやメイミョーというところは日本の陸軍が太平洋戦争で最初に玉砕した最前線基地であると思うわけですけれども、長官は、このような占領地や最前線基地に慰安婦や民間の業者が国や軍の指示や許可を得ないで自由に出入りをしているというふうにお考えになるでしょうか。

 

国務大臣加藤紘一君)

その問題点、よくわかります。ですから、どういう形でどういう組織がどう関与していたかということを政府のそれぞれの機関を通じて一生懸命調査していく体制を今とりつつございます。きょうも会議をいたしました。


問題は、調べてわからないという場合もありますし、例えば朝鮮人強制労働の問題も労働省を中心にかなり調べまして、またそれなりのデータを韓国政府にお届けしたこともございます。被徴用者の問題につきましても調べまして、それなりのデータをお届けしましたので、なかなか難しい問題だと思いますけれども、鋭意調査していきたいと思っております。

 

清水澄子君 

長官、本当にお調べになっていらっしゃるんですか。どこもそれは調べてないという、労働省でも厚生省でもそれは指示を受けてないというのが、きのうお聞きしてもそうでありましたし、これはまだ本当の意味でできていないんだと思います。ですから、これから鋭意なさるというのであれば、どういう方法で、どこの行政機関で、だれが責任を持ってどういうふうな措置をなさるかということをぜひお答えいただきたいと思います。

 

国務大臣加藤紘一君)

今回、さらに一生懸命調査するようにという体制をここ数日検討いたしておりまして、関係する可能性のある省庁としては、外務省、文部省、厚生省、労働省、警察庁、防衛庁、こういうところでございます。


労働省が調査せよという指示を受けてないという問題は、実は私の誤解でございまして、被徴用者の問題では労働省にお願いしておるんですけれども、その問題と従軍慰安婦の問題をちょっと混同して記者会見したことから出たものでございまして、今言ったような省庁について従軍慰安婦の問題については調査を依頼しております。

 

清水澄子君 

勘違いなさったんじゃなくて、それが現在の政府の姿勢と現実であるということが露呈しただけだと思います。


ですから、今これを究明なさるのであれば、資料が見つからないとおっしゃるのであれば、これは敗戦直後、朝鮮人徴用の公式記録の大部分は焼却の命令が出ているわけですから、それは五日間燃やし続けたと言う証人すらあるわけですから、本当に政府が人間としてこの問題に良心を持って、誠意を持って当たるならば、やっぱりみずからの手で事実を解明すべきだと思いますが、それならば国会で証言者を呼んで、そして事実を明らかにするという意思がおありかどうか、お伺いします。

 

国務大臣加藤紘一君)

政府としては、本当に誠意を込めて調査していきたいと思います。国会において証人をお呼びになって審議なさるかどうかは、これは院のことでございますので、政府からは差し控えたいと思います。

 

清水澄子君 

八月二十七日に私は予算委員会で、この慰安婦問題というのを、このままでおけば必ず日韓間の外交問題になる、政治問題になるということを警告いたしました。現に韓国の外務省から日本の外務省に向かっていろんな要請があると思いますが、これらの問題はどのようなことがあったか。


それから、今後、この植民地時代の長い間の問題は、戦後補償そしてきぢんと戦後責任を果たさなければやはり本当の意味の国際的な名誉ある地位は得られませんし、風格も品格もあるそういう国を私たちは維持することもできないと思うわけですけれども、その点につきまして、外務大臣も総理大臣も官房長官も、三人でひとつお答えいただきたいと思います。

 

○政府委員(谷野作太郎君) 

ただいまの御質問のうちの前段の方だけを、事実関係でございますから、私からお答え申し上げたいと思います。


十日、一昨日でございますけれども、韓国の外務部のアジア局長が私どもの大使館の公使を呼びまして、ただいまのいわゆる従軍慰安婦の問題が韓国の国内においても大変大きな関心事になってきておるということをるる説明した上で、いろいろな事実関係から判断するに、韓国側としては、この問題について日本政府の関与があったのではないか、それは否定し得ないのではないかというふうに考えておると申しまして、いずれにいたしましても、この問題について日本政府の方におかれて真相究明のために誠実な積極的な努力をお願いしたいということを申してまいりました。

 

○小林正君 

この問題については、まだいろいろございますけれども、時間にもなりましたので申し上げておきますが、十五年戦争、侵略、植民地支配という状況の中で非常に非人道的な行為が行われて、その資料がない、だからこれについてはということであっては、国家間の約束事は済んだかもしれませんけれども、民族同士、人種、そして人と人の関係についていえば、戦争を経過した国民は一世代にわたってそのことについては生々しい記憶としてとどめるだろうと言われておりますし、同時にまた、本当に世代間を含めまして和解ができるようになるまでには日常不断の努力が求められているというふうに思います。


失われた青春や人生を取り戻すことができないとすれば、今日本政府として何ができるのか、そのことをぜひ御検討いただきたいと思いますし、役所があっちもこっちもあってこの問題解決に向けて大変惑うというようなことのないように、ぜひひとつ窓口を設定していただいて具体的な解決への道筋をつくっていただきたい、そのことを最後に要望いたしまして、私の質問を終わります。


ありがとうございました。

 

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ここで一旦区切る。

 

それにしても、国会の議事録を読んでいると、マスコミの報道記事がいわゆる従軍慰安婦問題に与えてきた意義は大きい。

 

もし、マスコミが真実を捏造して、その捏造した記事の正義を傘に国会議員が権力を振るうとしたら世の中、日本はどうなるのであろうか?

 

このことの怖さを感じざるを得ない。

 

また、日本社会党の勢力が落ちぶれて行ったのも、社会党の議員の質疑の内容を読んでいると、腑に落ちる。

 

いにしえの人が正氣と呼んだ、見えないチカラというのは存在するのだ。

 

今を生きる私たちは、真剣にこの問題を自身の頭で考えて、自分自身の意見を持たなければならないと思う。こうすることで、日本を取り巻く生氣のチカラが増すのだから。

 

 

(続く)