【岡本かの子 仏教人生読本】 第四課 苦労について
【今日のこよみ】 旧暦2014年 4月27日 赤口 四緑木星
丙申 日/庚午 月/甲午 年 月相 25.9 長潮
小満 初候 蚕起食桑(かいこおきてくわをはむ)
【今日の気象】 天気 晴れ 気温 19.5℃ 湿度 74% (大阪 6:00時点)
料理通の話を聴きますと、「魚肉などで味の深い個所は、魚が生存中、よく使った体の部分にある。例えば
鰭 ( ひれ)の附根の肉( み)だとか、尾の附根の部分とかである。素人は知らないから、そういうところを残しがちだが、実は勿体ないことである」と言いました。
なるほど、この事は人間についても言われます。苦労をしない人よりは、苦労をした人の方が人間味が深いのであります。いわゆる、お坊っちゃん、お嬢ちゃんは、魚にすればどこかの辺の遊び肉でありましょう。
しかし苦労をするにしても、苦労の「しくずれ」ということがあります。すっかり苦労に負けてしまって、味も素っ気もなくなってしまい、狡(ずる)くなり、卑屈になってしまうのがあります。これはどうしたことでありましょう。
人世に苦労があるよりはない方がよろしいのであります。さればといって現に苦労がある世の中から逃れるには死より外に道がありません。ですから、苦労に立ち向って、これを凌ぐ力を養わねばなりません。凌ぐ力が養えたら、苦労があってもないのと同様であります。すなわち、苦労をするのは、苦労が目的でなく、人世(人生)から苦労を、ないも同様にしようとする方法手段であることが判ります。方法手段に捉われて、目的を忘れてしまうのは、人世の道草であります。苦労の「しくずれ」は、この途中の苦労に捉われ、目的地を忘れた道草の人であります。
釈尊が仏教を打ち建てられたとき、仏教の立場から当時印度に行われていた他の多くの思想宗教学派について非難攻撃をされました中に、苦行
外道 (外道六師の中の一人、その名を阿耆多翅舎欽婆羅【あぎたきしゃきんばら】という)というのがあります。わざと襤褸( ぼろ)を着て、身体を火で炙 ( や)いたりして、自分に苦痛を加えるのを修業と心得る修道派の一派であります。そうすると来世は幸福ばかりを享(う)けるところの天界に生れると考えているのであります。
釈尊のこれに対する非難は、「仮りにそのようにして、天界へ生れたとしても、すでにそこへ行く原因の修業法が無理な
拵( こしら)えものであるから、やがてその足場が崩れて、また元のこの世へ落ちて来るに違いない」と言うのであります。譬えて言えば、無理算段をして温泉逗留に出たものが、旅先で旅費を使い果せば、やがてほうほうの態でまた元の住みにくい我が家へ戻って来るというのであります。
そして釈尊の教えは、これと違って、正しい考え方であります。この現実の苦労の原因、性質を見究め、正しい生活法によってその苦労の原因性質を除いて行く。そこに
壊( やぶ)れも、押し戻されもせぬ永遠の天界が見出されるのだとするのであります。前の譬えに比較してみますと、こちらは、無理なことをして温泉行きなどせずに、只今の住みにくいこの我が住家について、どこが住みにくいのか、襖が破れていたら張り替えもしよう、雨漏りがしていたら、穴も葺き防ごう。このようにいちいち住みにくい個所を調べ除いて、そうして我が家に、温泉宿同様な快適な住み心地を見出そうとするのであります。
この教えによっても判るように、苦労は、これを避けて楽なところへ逃げ出すのもいけないが、さればと言って苦労に
噛( かじ)りつき、これに蝕まれるのも正しい人生の行路者( たびびと)ではありません。
要は、苦労は苦労として冷静にその原因、性質を見究め、勇敢にこれを取除く手段や生活法を取って、さて新しい気持ちで次の経験に向うのであります。苦労に蝕まれず、苦労を一つの研究材料としてそこに人生の一部一部を観て取って行く。かくして人生の姿を、より多く、より広く、知識し経験したものこそ、苦労に捉われず苦労のし甲斐があった人であります。
魚の鰭や尾の附根の
美味 いのは、そこの筋肉が激しく使われながら、一向浪や潮に蝕まれず、常にこれに応ずる筋肉の組織を増備( ましそなえ)して行って、いつも生々活溌の気を貯えているので、その質中に自ずと美味になるものが含まれるのでしょう。魚の鰭や尾の附根が、浪や潮に蝕まれたら、腐って落ちるだけです。
この例を聞くにつけ、苦労を上手に摂取して、各人自分達の性質のよき味の分量を増したいものです。
【雑感】
大相撲の夏場所の最中である。
相撲は人間の闘争本能の発露である力くらべや取っ組み合いから発生した伝統あるスポーツである。これによく似た形態のスポーツは古来世界各地で行われた。
我が国の相撲の起源としては、古事記(712年)や日本書紀(720年)の中にある力くらべの神話や、宿禰(すくね)・蹶速(けはや)の天覧勝負の伝説があげられる。相撲はその年の農作物の収穫を占う祭りの儀式として、毎年行われてきた。これが後に宮廷の行事となり300年続くこととなる。
農作物の収穫を占う神事を起源として相撲は千年以上も続けられている。何故、日本人に受け入れられ愛されてきているのだろうか?
この動画の土俵近くの観客の表情にその答えがある。
名勝負が決した時、観客は躍り上がらんばかりに手を叩き大歓声を上げている。もう、そこには自分しか居ない。目の前で繰り広がれた大一番は、実は自分の心の中での出来事なのだ。
日常の苦労とがっぷり四つに組む自分の姿を目の前に見ている。力士が豪快に相手を投げ飛ばしたり、土俵際での物凄い攻防を目の前で見て自分自身と重ね合わせて、手に汗を握り、時には思わず手を合わせて拝んでいる。
そして、勝負が決しようものなら、躍り上がらんばかりに手を叩き大声を上げる。しかし、これも当然の反応なのだ。なぜなら、日常の苦労を今、目の前で私の心が完膚無きまでにねじ伏せたのだから。
この境地が人を熱狂的にさせるのだろう。
日本人は相撲を通して自分の中の神様を見ているのだ。