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まどゐ。

~ おもゐを嗣ぎ、おもゐを纏ひ、おもゐを遣る ~ 

吉田松陰 『正氣の歌』

 

正氣塞天地 聖人唯踐形
 
其次不朽者 亦争光日星
 
嗟吾小丈夫 一粟點蒼溟
 
才疎身則陋 雲路遥天廷
 
然當其送東 眼與山水青
 
周海泊舟處 敬慕文臣筆
 
厳島鏖賊地 仰想武臣節
 
赤水傳佳談 桜留義士血
 
和氣存郡名 孰捫清丸舌
 
壮士一谷笛 義妾吉野雪
 
墓悲楠子志 城仰豊公烈
 
倭武經蝦夷 田村威靺羯
 
嗟此數君子 大道補分裂
 
尾張連伊勢 神器萬古存
 
琵琶映芙蓉 嵩華何足論
 
最是平安城 仰見天子尊
 
神州臨萬國 乃是大道根
 
従墨夷事起 諸公實不力
 
巳破妖教禁 議港州南北
 
天子荐軫念 四海妖氛黒
 
奉勅三名候 鶏栖鳳凰食
 
其他愛國者 亦皆溝中瘠
 
歘忽五六歳 世事幾變易
 
幸有聖皇在 足以興神國
 
如何将軍忠 曾不拂洋賊
 
大義自炳明 孰惑辦黒白
 
人生轉瞬耳 天地何有極
 
聖賢雖難企 吾志存平昔
 
願留正氣得 聊添山水色
 
 
 
 
【書き下し文】
 
 
正氣天地塞がる 聖人ただ形を踐(ふ)む
 
 
その次不朽の者 また光を日星(じっせい)と争ふ
 
 
嗟(ああ)吾(われ)小丈夫 一粟(ぞく)蒼溟(そうめい)に點(てん)す
 
 
才疎(そ)にして身すなわち陋(いやし) 雲路(うんろ)天廷(てんてい)に遥(はるか)
 
 
しかれども其の東に送らるに當(あ)たり 眼は山水と青し
 
 
周海(しゅうかい)舟を泊(はく)する處(ところ) 敬慕す文臣の筆(*1)
 
 
厳島(げんとう)賊鏖(ちん)するの 仰ぎて想う武臣の節を(*2)
 
 
赤水(せきすい)佳談(かだん)を傳(つた)へ 桜に留(とど)む義士の血(*3)
 
 
和氣郡名(ぐんめい)存す だれか清丸の舌を捫(も)たん(*4)
 
 
壮士一ノ谷の笛(*5) 義妾(ぎしょう)吉野の雪(*6)
 
 
墓に悲しむ楠子(なんし)(*7)の志(こころざし) 城に仰ぐ豊公(ほうこう)(*8)の烈を
 
 
倭武(やまとたけるのみこ)(*9)蝦夷(えぞし)を經(けい)し 田村(*10)靺羯(まっかつ)を威(い)す
 
 
嗟(ああ)この數(すう)君子 大道分裂を補ふ
 
 
尾張は伊勢に連なりて 神器萬古より存する
 
 
琵琶は芙蓉(ふよう)を映し 嵩華(すうか)なんぞ論ずるに足らん
 
 
最もこれ平安城 仰ぎ見る天子の尊きを
 
 
神州(しんしゅう)萬國に臨み すなわちこれ大道の根(こん)
 
 
墨夷(ぼくい)の事起こるにより 諸公實(じつ)に力(つとめ)ず
 
 
すでに妖教(ようきょう)の禁を破り 港州の南北議す
 
 
天子荐(しきりに)軫念(しんねん)せられ 四海妖氛(ふん)黒し
 
 
勅を奉じ三名候 鶏は鳳凰(ほうおう)の食に栖(す)たう
 
 
その他國を愛する者 また皆溝中(ようちゅう)に瘠(や)す
 
 
歘忽(たっこつ)五六歳 世事(せし)幾變(へん)易(え)
 
 
幸いに聖皇のあるあり もって神國を興すに足る
 
 
いかんぞ将軍の忠 かって洋賊を拂(はら)わず
 
 
大義自ら炳明(へいめい) だれか黒白(こくびゃく)を辦(べん)ずるを惑わし
 
 
人生轉瞬(てんしゅん)のみ 天地なんぞ極まり有らん
 
 
聖賢企て難しといへども 吾(わが)志平昔(へいせき)に存す
 
 
願わくば正氣を留どめ得ば いささか山水の色を添へん
 
 
 
 
 
【私的解釈】
 
 
正氣(おもゐ)でこの世の中が満ちている。古(いにしえ)の聖人達が引き継いで来たものである。
 
 
この正氣(おもゐ)の放つ永遠の輝きに匹敵するものは、太陽や星の輝きぐらいなものである。
 
 
ああ、哀しいかな、私は凡人。この広い世の中に漂う一粒の粟。
 
 
才能がなく、身分も賤しい。我が進む道は、貴人達が進んだ道の遥か下。
 
 
もうこうなったら、私が江戸に移送される道のりで、山水の景色に漂う、澄み切った正氣(おもゐ)を、しかと目と心に刻みこんでいこうと思う。
 
 
玄界灘は、大宰府に流される菅原道真公の舟が停泊した場所。道真公が当時抱いたおもゐが慕い敬まれる。
 
 
厳島は、賊軍陶晴賢(すえはるかた)を打ち破った場所。毛利元就公の仁義のおもゐが仰ぎ想われる。
 
 
赤穂の地は四十七士の物語を伝え、春になると桜の花が義士のおもゐを思い出させる。
 
 
備前の国には和気郡の名が残り、和気清麻呂公の三寸の舌により、万世一系を護ったとされる忠誠へのおもゐは、今やいずこにあるのだろうか、どこにも見当たることはない。
 
 
一ノ谷で壮絶な最後を遂げた平敦盛が吹いた横笛の音色。義経と永久(とわ)に別れることとなった静御前の目に映った吉野山の雪。 
 
 
墓前で楠木正成公のあふれる忠義のおもゐに涙し、大阪城を眺めては、豊臣秀吉公が為した偉業へのおもゐを偲ぶ。 
 
 
日本武尊蝦夷の地に皇威を轟かせ、坂上田村麻呂蝦夷の蛮国を平定した。
 
 
ああ、これらの古(いにしえ)の君子達により、皇国古来からの正氣(おもゐ)が守られ、引き継がれて来たのだ。
 
 
今も尾張熱田神宮と伊勢皇大神宮には、三種の神器が古(いにしえ)より祀(まつ)り伝えられている。
 
 
琵琶湖の水面や富士の雄姿には、この国にあふれる正氣(おもゐ)が美しく映し出され、支那の嵩山(すうざん)や華山(かざん)などとは比べるにも値しない。
 
 
京の御所を仰ぎみると、帝の尊さを敬うおもゐが湧き出ずる。
 
 
皇威が日本の国の隅々まで轟き、我が国の大道の根底は、堂々と揺るぐことがない。
 
 
黒船が来てから後は、幕府はこの古(いにしえ)から引き継がれて来た正氣(おもゐ)を守ろうとしていない。
 
 
既にキリスト教の禁令が破られ、鎖国を止めて開港を話し合う始末だ。
 
 
このことに帝は心を痛められて、国の周囲には妖気が盛んに満ちて来ている。
 
 
尾張と水戸と越前の藩主三公が頼りだが、まだまだ、鶏小屋で鳳凰が餌を啄(つい)ばんでいるような状況である。
 
 
その他の多くの憂国の士も、まだまだ、世の中に埋もれている状態である。
 
 
ササッとたちまち過ぎた、この五六年の間に、世の中は目まぐるしく変化してしまった。
 

だが幸いにも聖帝の存在があるため、この国を興隆させることはまだ可能だ。
 

幕府の忠義のおもゐはどうなってしまったのか、外敵を追い払おうともしない。
 

今や幕府を誅する大義が自(おの)ずと明らかにされ、それに異を唱える者などいようか、いるわけがない。
 

人の一生なんぞ瞬く間で、世の中のあらゆる事を知り尽くすことなんぞ出来やしない。
 

聖人賢人になることもまた難しいが、私には日頃から抱いているおもゐがある。
 

私から迸(ほとばし)る正氣(おもゐ)がこの世に留(とど)まり、あの古(いにしえ)の君子達の様に、少しばかりでも山水に色を添え、私のおもゐが語り継がれて欲しいのだ。
 
 
 
 
 
 
 

 

和気清麻呂 - Wikipediaの三寸の舌(*4)

和氣清。
 
改清為穢不損清。
 
清氣浩浩塞天地。
 
護得赤日天中明。
 
臣舌可抜。
 
臣語不可屈。
 
三寸舌。
 
萬古日。
 
 
 
【書き下し文】
 
和氣の清。
 
清を改めて穢(あい)と為すも清を損せず。
 
清氣浩浩(こうこう)として天地に塞ぐ
 
赤日(せきじつ)を護り得て天中(てんちゅう)明らかなり。
 
臣の舌は抜くべし。
 
臣の語は屈すべからず。
 
三寸の舌。
 
萬古の日。
 
 
 
【私的解釈】
 
和気清麻呂(わきのきよまろ)は清廉(せいれん)である。
 
私の名前の「清」の文字を「穢」(けがれ)に改めたところで本質の清(きよ)さは損なわれはしない。
 
清氣は天いっぱいに漲(みなぎ)っている。
 
この清氣が、真紅の太陽をしっかりと守り、天の秩序をしっかり守っている。
 
私の舌を抜くことなど簡単です。
 
だが、臣下が吐いた言葉は曲げられませぬ。
 
たかだか三寸の舌に過ぎません。
 
だが、この舌が護ったものは万世の安泰なのです。