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まどゐ。

~ おもゐを嗣ぎ、おもゐを纏ひ、おもゐを遣る ~ 

【改訳 怪談 乳房榎】 第十八講

 

 【今日のこよみ】 旧暦2014年 2月 13日 友引  四緑木星

         癸未 日/戊辰 月/甲午 年 月相 11.8  

         啓蟄 次候 桃始笑(ももはじめてさく)     

 

 

【今日の気象】 天気 雨 気温 9.3℃ 湿度 61% (大阪 5:30時点)

 

 

 

 

浪江は、竹六の帰りますのを待っておりましたから、
 

「おお、竹六か。御苦労御苦労、さぞ暑かったろう。さぁさぁ、まぁ、肌でも脱いで涼んで、それから向こうの話を聞こう」
 
 

「いえ、道で日が暮れましたから、思いのほか涼しゅうございました。昼は恐ろしい暑いところで、なんだといって大根畑ばっかりあって、木という物がございませんところですから、ちっとも蔭なし。じつに汗びっしょりの衣類(べべ)濡(ぬれ)し、、、、、、、、いやそんなことはよいが、奥様はいかが、少しはお痛みが去ったほうでいらっしゃいますか」
 
 

「さようさ。今日はまず大出来の方で、よかったが、日暮れからまた痛むといって、あの通りうなっておるよ。そうして乳はもらって来ておくれかえ」
 


 
「へい大もらい、これでございます。この竹筒のほうへ入れて参りました。奥様、早く召し上れ、じきにお治りで、不思議だそうでございます。
 
へぃ、ずいぶん大きな榎の木で、その前に棚が釣ってありまして、その上に治った人がお礼に上げたという、やっぱり竹づっぽうへ入れた乳が名前が書いてあがっておりますが、江戸からわざわざ願かけに行く者があるそうで、名前を読んで見ると小網町(こあみちょう)だの橘町(たちばなちょう)だのというのがたくさんあります。
 
他に土器へ絞ってあげる人もございますそうで、その土器は、じき門の脇の茶屋で売っておりますが、そこにあなたあの正助が。。。。。。。いぇ、なにぃ、正、正直そうな親父が」
 
 

と、つい口走りましたから、
 

「さぁ、奥様、お早くお頂きなせぇ」
 

などと、ごまかしましたが、日頃から心にかかる正助のことゆえ、浪江はハッと胸へ当たりまして気になります。
 

「いや、流行神(はやりがみ)というものは利く利かないにかかわらず、おのずと人気がそこへ寄るものだから、鰯の頭も信心柄(しんじんがら)とやらで、こっちの心さえ通じれば、それはきっと利益のあるもので。えぇ、早く頂くがよい。なに気味が悪い、なにそんなことはない。なぁ、竹六」
 

「へぃ」
 

「今、お前が正なんやらと言いかけたが、、、、一昨年(おととし)、駈け落ちをいたした下男の正助は、元は練馬在の生れで、たしか赤塚とか申したが、彼が故郷ゆえ、もしや正助がそこにおって、逢いでもいたしはしないか」

 
「えぇ、なに、正助どんに。なに、逢いはしません」
 

「逢わなければそれで良いが、あいつの故郷は、たしか赤塚と聞いておったから、、、、、よい、逢わなければ」
 
 
 
「なに、逢いませば、何もお隠し申しはしません。だが、奥様、さぁ、お乳をあがれ、じきに験(しるし)が見えます。
 
私がそれに一生懸命にお願い申して来ましたから、御願が利きますことは竹六お受け合い。その代わりに、すっぱり良くおなんなすって、お礼参りという時は、私が、ぜひ、御案内かたがたお供でござりましょうね。その節は、御褒美に、それ、いつかほしいと申し上げたお帷子(かたびら)でも、おみ帯でもどちらか頂戴。こう、両天秤を引っ懸けておけば大丈夫、ハハハハハ。
 
旦那さまお大事に。さようならまた明日。お休みあそばせ」
 
 
 
と、とんだことを口走ったと思いますから、よけいな世辞をいって、竹六は口を押えて浅草田原町の我が家へ帰りました。
 

後で、浪江は傷持つ足でございますから、今、竹六が正助と言いかけてよしたのは、なんでもあいつ正助に逢ったに違いない。我が悪事の片腕をいたした老爺(おやじ)。あいつを生かしておいては枕を高くは寝られぬ。どうかいたして根を断ち葉を枯らして安堵したいものだと思いましたが、佞奸(ねいかん)の浪江、少しも色には出しませんで、おきせの枕元へまいり、
 

「どうだな、腫物(できもの)がそう痛むのは、それが吹っ切るから、それで痛みが烈しいのであろう。せっかく竹六が親切に貰って来てくれたのだから、この乳を、なるほど、飲むは気味が悪かろう、もっともだ。それじゃぁ、筆の先か何かで痛むところへ付けるがよい」
 

「はい、ありがとう存じますが、まことに夕方から別段に痛みが烈しいようで。実に、こらえにくいほどでございます。それではその乳を」
 

「おれが付けてやろう。画筆が柔かくてよいから」
 

と、浪江はくだんの貰って参った乳を画筆の先へ付けまして、
 

「いや、これは痛そうだ。真赤になった。しかし、これはもうじきにふっきりそうだ。総別、頭のない腫物(できもの)は悪い物としてあるから、なかなか苦しいものだそうだが、辛抱も今夜ぐらいなもんで。膿(うみ)さえ出れば、けろけろとよくなるから我慢をしな」
 

と乳を付けて、その晩は浪江も眠りに就きましたが、おきせも乳を付けましたせいかして、宵にはすやすや眠りますあんばいだから、夜伽などをいたします下女や雇い女などは喜びまして、次の間へ来て皆寝てしまいました。。。。。。。。。。。。。。。
 

これより、重信の崇りで、おきせがいよいよ苦しみまして、ついに浪江の手にかかり非業な死をとげますという、雀の怪談のお話は、明日のことにいたしましょう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
*怪談 乳房榎の物語の舞台を歩く*