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まどゐ。

~ おもゐを嗣ぎ、おもゐを纏ひ、おもゐを遣る ~ 

【改訳 怪談 乳房榎】 第十六講

 

 【今日のこよみ】 旧暦2014年 2月 12日 先勝  四緑木星

         壬午 日/戊辰 月/甲午 年 月相 9.8  

         啓蟄 初候 桃始笑(ももはじめてさく)     

 

【今日の気象】 天気 晴れ 気温 3.5℃ 湿度 52% (大阪 6:00時点)

 

 

 

さて、眞與島の下男の正助は再び浪江に欺かされまして、すでに重信の遣子(わすれがたみ)眞與太郎を、角筈の十二社(そう)の滝壷へぶち込もうといたしたところへ、朦朧と重信の霊が現われまして、親の仇を討たしてくれとの頼み、自分の身に悪事がございますから、その罪滅ぼしに一命にかけてもあの浪江を坊さまに討たせますと受け合い、一人の姪が赤塚におりますので、これを頼って眞與太郎を連れて参りましたことで。
 
 
田舎の人というものは大都会に住みますお人より、いくらか質朴で、まぁ、悪く申せば世事に暗い方でございますだけに正直で、何ごとによらず親切にいたしますから、姪の亭主の文吉が、おじさんおじさんと言って、正助を大事にいたします。
 
 
正助も厄介になっておりますのだから、骨惜しみをしませんで、朝早くから野良へ出て精を出し、また人に雇われなどして、その僅かの賃銭をば食い雑用(ぞうよう)に入れます。
 
 
文吉は、
 

「おじ様、止しなさいよ。おれ水呑み百姓だって、お前さま一人ぐれぇ麦飯喰わするに不足はねえから。それじゃあ、他人行儀で」
 

と入れました銭を返し、
 

「おめぇ様のこづけぇにさっしゃい」
 

とくれます。
 

憂きが中にも、正助は姪と文吉がよく世話をしてくれますので安心をいたし、眞與太郎の成人を待っておりますが、その年も暮れまして、宝暦四年となり、今年はもう眞與太郎は三つになりますから、おいおい間食(あいだぐい)をしますので乳々(ちちちち)と申しません。
 
 
いつでも大きな笊(ざる)の中なんぞへ入れて、うちへ置き去りにして、家中で畑へ出てしまいます。そこは田舎は陽気なものでございますよ。
 
 
正助は、まだ浪江から貰いました二十両へは、そっくり手を着けずに持っておりますので、まぁ、こうやって姪の夫婦が親切に世話はしてくれょうが、まだ、おれも足腰の達者のうちだから、そうそう厄介になっても気の毒。
 
 
二つには眞與太郎さんが成人して仇でも討つという時、人の家にいれば必ず迷惑をかけねばならないから、この金のあるうちに別になるのが双方の上分別(じょうふんべつ)だと、これから別家を心懸けておりますと、つい、この村に松月院(しょうげついん)という寺がありまして、この門番に去年の霜月まで爺と婆がおりましたが、仔細あって夫婦とも回国に出てしまったというので、空家でありますから、これを正助は求めました。
 
 
家と申しますと大層でございすすが、損じております。瓦家根が朱塗りといけば豪気(ごうき)だが、紅殻(べにがら)か丹(たん)で塗りました剥げた門がございまして、この潜りのところに、やはり瓦屋根ではございますが、一間四方ばかりな門番がございます。これもやはり屋根が損じて、土が出ておりまして、瓦が落ちかかっています。
 
 
臆病な者には怖くって下は通れないという険呑(のんけん)な門で、この門番から、茅葺(かやぶ)きで太い竹柱にいたし、間口二間に奥行が九尺という建て足しがございまして、根太(ねだ)の張ってございますところは、ほんの三畳ばかりで、ここに囲炉裏が切ってある。
 
 
後は皆、土問で、北の方はひしぎ竹の下見へ裏から邪けんに泥が塗ってある壁、、、、、まま壁で。これから西の方へかけて乾葉(ひば)が繩につけて干してある。
 
 
こいつが風が吹くたびに、ガサガサいうという田舎家のお約束でございます。
 
 
これを正助は五両と幾らかで求めまして、眞與太郎と二人引き移りましたが、ここに正助の運のよいことには、正助が門番になりますとじぎに、この寺にございます榎(えのき)が、乳の出ないものが信心すると利益があるというので流行(はや)り出し、この榎の洞(うろ)のようなところに、とんと乳の下ったような瘤(こぶ)が幾つもありますが、この先から乳のような甘い露が垂れるが、これを竹の筒に入れて持って帰りまして、乳のさきへつけますと、きっと出ない乳が出るという。
 
 
これは露ではありません。木の脂(やに)でございましょうが、この流行り始めましたというのも一つの不思議で、これは去年新宿で出逢いました、かの小石川原町の萬屋新兵衛の女房が、あれから後に乳へちょっとした腫物(できもの)ができましたが、たいそう痛みまして、医者にかかってもはかばかしく治りません。なんでも信心をするより仕方がないと、白山様をしきりと信仰いたしますと、ある夜の夢に白山権現が現われまして。
 
 
汝、赤塚の榎の下にある我を信仰いたせば、たちまち利益を与える。その榎から垂れるところの乳を痛いところへつけよ。たちどころに平癒すべし、とお告げがありましたから、新兵衛夫婦は信心、肝に銘じまして、早速、その翌日、赤塚の白山権現といって尋ねましたが、いっこう知れません。知れませんはずで、白山権現が別にあるのではないから尋ねあぐみまして、新兵衛夫婦が松月院の門番へ立ち寄り、はからず正助に出逢いますというお話。
 
 
まことに一、二回のところは、ほんの仇討ちの端緒(こぐち)を並べますのみゆえ、定めしお面白くございますまいが、今、三、四回で読み切りますゆえ御辛抱のほどを願い上げまする。

 

 

 

 

 

 

 

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