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まどゐ。

~ おもゐを嗣ぎ、おもゐを纏ひ、おもゐを遣る ~ 

【改訳 怪談 乳房榎】 第十四講

 

 【今日のこよみ】 旧暦2014年 2月 10日 大安  四緑木星

         庚辰 日/戊辰 月/甲午 年 月相 8.8 

         啓蟄 初候 蟄虫啓戸(すごもりむしとをひらく)    

 

【今日の気象】 天気 晴れ 気温 1.5℃ 湿度 44% (大阪 6:00時点)

 

 

 

「さぁ、坊ちゃま、爺の懐へ。エ、ナニ、汚ねぇって。何、まだ寒くねぇから抱いて行くだぁ。奥様、案じねぇがえぇ」
 
 
とは申すが、これが母子の別れかと思いますと、胸が一杯になり、
 
 
「これ、正助、早く行ってくれ。なんぼ日が長くっても三里あまりあるところだ。エ、何だか手放すのが可哀想と。馬鹿な事を、死に別れでもしゃアしまいしぃ。また、おめぇ、泣くのかぇ、不吉だョ」
 
 
「そんなにガミガミおっしゃったって。これが泣かずに。。。。。」
 
 
「エエィ、手前までその様なことを申すからいかん。困ったナ、女というものは、愚痴が先へ立つから」
 
 
「いえ、この子が乳の多い所へ参りますのでございますから、決して泣きますの何のと申すことはございませんが、普段、虫(疳しゃく)持ちでございますから」
 
 
「イエ、それは案じないが良いョ。先方は、田舎でこうあれ分限だ。医者様などは、二三人は屋敷地へ抱えてある。手前方なんぞとは、中々かないません。病気が悪ければ、すぐ手当が届くそうだ。なぁ正助」
 
 
「へぇ、その通りでございましょう」
 
 
「案んじる事はないのぅ」
 
 
「へぇ」
 
 
と、いくら嘆いても無駄な事と思いますから、目の中へ一杯涙をためまして、衣類の包んである包みを背負(しょ)いまして、
 
 
「それでは行ってめぇります」
 
 
 
「それでは頼んだよ。道を気を付けて」
 
 
 
「お前さん、御膳を食べてからお出でなさいな」
 
 
 
「イヤ、飯なんどは、咽喉へ通らねぇ」
 
 
「何、咽喉へ通らない」
 
 
「ナニ、まだ食いたくねぇから、出かけます」
 
 
「どうぞ、お坊を」
 
 
「そんなにしつこく言わんでも良い。正助は承知しておる」
 
 
と、別れを惜しみますので、
 
 
「頼むよ、正助」
 
 
と、隔ての襖を立てきり、
 
 
「こっへ来なよ。情が強いのぅ。どうも死に別れでもする様で、人が笑うから大概にしな」
 
 
と、鬼の様な浪江。おきせは、ワッと泣き伏しました。
 
 
正助は、眞與太郎を抱きまして、柳島の土手を日陰をよりましてぶらぶら。あれから東橋を渡りまして、雷門の前から田原町門跡前下通りへ出まして、上野山下を突っ切り湯島切通しを上がって本郷へ出て菊坂を下りまして小石川と、段々参りますが、秋の末でも中々日がまだ長いから、道で休み休み。市谷通りから四ツ谷へかかりました頃は、もう日が暮れました。
 
 
その頃はまだ新宿が繁昌な時分で南側は万燈のように明るく、ちりからかっぽで芸者をあげて騒いでおりますが、こんな事は耳に入らぬ正助は、眞與太郎を抱きまして、あちらこちらと道草を食いまして、角筈村の十二社へ来ました頃は、ようよう四っでございます。
 
 
御案内の通り、新宿の追分から左へ切れて、右へ右へと参りますので、ここらは新宿の賑やかに引かれまして、角筈はもう家もまばらで、畑が多うございます。
 
 
十二社の入口は、大樹の杉が何本となくありまして、遠くから滝の音が聞こえます。
 
 
この角筈村の十二社権現の滝(*1)と申すのは、江戸名所図絵にも出ておりますから、こうして申し上げませんでもよろしゅうございますが、これは紀州藤代に鈴木九郎と申した人がございましたが、この人が浪人を致して関東へ下り、ただ今の中野に住居致しましたが、この熊野権現が、我が産神(うぶすなかみ)でございますから信仰致しまして、宅のほとりへ祠を設(しつら)えまして勧請したので、これは慶永の頃の事で。
 
 
熊野十二社権現を祀りました故、後に十二社(しゃ)を十二社(そう)十二社(そう)と誤ってございましたが、ただ今では本当の名のようになりまして、誰でも十二社(そう)の滝へゆこうなどとおっしゃいます。
 
 
十二社(しゃ)の滝へ行こうとおっしゃると、やぁおかしい、十二社(そう)の事をこいつは十二社(しゃ)だって言いやがるなんとかと、よく言い争いがございますが、こんな訛り方言が後々へ伝わりまして本名のようになりました例は、ままございますそうで、先年東京府からお役人が御出張になりまして、測量なさいましたそうですが、ただ今では、滝の幅も狭く高さも至って低くなりましたとやらで、上水の流れでございますから、人がかかるの浴びるのという訳には相成りませんとやらを聞きました。
 
 
もっともこの他に滝が二筋もありまして、こちらは誰でもかかれますから、夏の暑い頃は随分群集致しますそうで、頃しも宝暦三年九月二十日のことで、二十日の月は、木の間へ冴(さ)え渡りまして、滝の音はこだまに響き、梟(ふくろう)の鳴きます声は、ギャアギャアギャアと何となくもの凄い。
 
 
正助は、眞與太郎を抱きまして大滝のこなたへ参りましたが、下を見ますと成程、浪江が申した通りドゥドゥと落ちます滝の音、岩に砕けてバット散りますのが白く見えて、木の間を漏れし月が映えましてキラキラと、さながら硝子(びぃどろ)を石か何かへぶっつけますようで、正助はしばし眞與太郎を抱きまして、ただ茫然と滝壺を眺めておりました。
 
 
正助は、今、大滝の元へ参りまして、谷から下を覗きましたが、ゴウゴウと水音がしていかにも物凄く、アァ、この滝つぼへ、この坊様をぶち込むのかと思いますと、身の毛もよだちまして、恐ろしく、
 
 
 
「坊っちゃま、おめぇ様はまだ2ツだから、何を言ったって頑是(がんぜ)ねぇから、分かりますめぇが、マァ聞きなさい。
 
この正助爺はおめぇ様のおとっ様には九年も奉公ぶって大恩受けたが、あの悪人の浪江がお弟子になって、おめぇ様のおっか様と懇(ねんご)ろして、忘れもしねぇ去年の夏、あの浪江にだまされて、もってぇねぇが、旦那様をおれが手伝って殺しただ。
 
その時おれも加担しねぇと思ったが、あんな奴だから嫌だと言ったら、おればかりなら構わねぇが、旦那や奥様をどんな目に逢わせやぁしねぇかと、それが怖ぇえから、つい頼まれてやっつけたが、それがおれの一生の誤りで、また何にも知らねぇおめぇ様までこの滝壺へ放り込んでおっ殺せって、おれ情けなくってなんねぇから、こればっかりやぁよせょ、おれ堪忍してもらうって言ったら、一大事な事を口外して嫌だと申すのは、大方、眞與太郎が成人を待って助太刀ィして、てめぇ、おれを親の仇だと言って討たせるのだろう。エィ、もう頼まねぇえ。ワレェ殺して、オレ割腹して相果てるって、刀をひねくるだぁあ。
 
チチ、泣いちゃあいかねぇよ、乳ねぇもんだからもっともだぁ。が、かか様だって乳が出ねぇからな、それ、落雁を、えっそら、、、、、噛み砕いてあげる。
 
チットチット、ついでにおしめも取り替えてあげべぇえ、、、、、ヤヤ、おめぇ様、もうぐっすり出したねぇ、湿っぽいよ。ソラソラ、これでさっぱりしたけぇ。
 
チチ、い、ヨヨ、坊ちゃま、おれは誠に済まねぇと思うだが、あの邪けんな浪江が殺せと言うから、あきらめて死んでくだせぇえよ。実に、奥様、すまねぇ堪忍してくだせぇえ」
 
 
 
と、眞與太郎を抱き上げまして谷を覗きますと、滝の音はすさまじく、岩に水が当たって飛び散るさまは恐ろしい。。。。。
 
 
 
 
「ああ、ものすごい水音だ。下は地獄だよ。
 
坊さま堪忍してくだせぇえ。おめぇ様を殺すのは皆あの浪江だょ、、、、、ア、どうも頑是(がんぜ)ねぇえだ。子だと思うとぶち込めねぇえ。
 
あれ、今殺そうってぶち込もうっていうのに、何にも知らねぇもんだから、ニコニコ笑ってござろう、可愛いものだな、アァア、これを見ては。モウモウ止めだやめだ。坊ちゃま落雁でだまされて泣き止んだか、笑うかぇ」
 
 
 
と、我を忘れてあやしておりましたが、
 
 
「イヤイヤ、どうも可愛くって、殺そうなんて事は出来ねぇが、万一殺さずにけぇったら、浪江めが眼(まなこ)むき出しで怒るべぇ。この上に、もう生かしてはおかんねぇえなんて、刃物三昧しかねねぇ。アア、可哀想だが、やはりここからぶち込もう。坊ちゃま、すまねぇえ。おめぇ様のおとっ様を殺したのは、あの浪江。この正助はほんの少しばかり手伝ったのだょ。また、おめぇ様を殺すのも浪江が仕業。堪忍してくだっせぇ」
 
 
と、殺さずに家に帰ったらどんな目に逢うか知れないと、臆病で馬鹿正直な正助、目をつむりまして、
 
 
「堪忍してくだっせぇ、坊ちゃま」
 
 
と、岩の角へ片足踏みかけ、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏と念仏を唱えながら、無残や、眞與太郎を滝壺へ、、、、、、、、、、ぶち込みました。
 
 
岩の間から雑草が生い茂っておりますから、その中を眞與太郎は、ガサガサと音が致し、オギャアオギャアと泣く声が致すが、ぶち込んだ時の水音がしませんで、もしや中途へでもと、覗きます正助。
 
 
「坊ちゃま」
 
 
「オギャア、オギャア、オギャア」
 
 
「チチ、お泣きなさるねぇ。ツタかつらへでもひっかかって、それでお泣きかえ、坊ちゃま。アア、情けねぇ。ひと思いにと思ったのに、途中でひっかかったか、坊さま」
 
 
「オギャア、オギャア、オギャア」
 
 
「。。。。。。。。。困ったなぁ」
 
 
と、月明かりに透かして谷を覗き、
 
 
 
「坊さま、坊さま」
 
 
と、あっちへ行ったりこっちへ行ったり、正助はウロウロ致し、
 
 
「アァア、どうしたのだえぇ」
 
 
と、今、谷を覗きますと、今まで泣いておった眞與太郎の声はバタリと止みましたが、樹の間を漏れた月がいつか曇りまして、一天は、青空であったやつが俄かに真っ暗になりまして、四方から霧が立ち昇ったと見えて、辺りは朦朧(もうろう)と致し、正助は、
 
 
「坊ちゃま、どうなせぇました。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。眞與太郎様」
 
 
と、滝壺をのぞきますと、あら、妖しや。
 
 
ドゥドゥとみなぎり落ちます滝の中に眞與太郎を抱き上げまして、我が主人の菱川重信が朦朧(もうろう)と形を現わし、段々、段々上へあがって参る様子。
 
 
正助が、
 
 
「坊ちゃま」
 
 
と、覗きこみましたその目先へ、ヌゥウっと重信が眞與太郎を抱きまして、姿を現わしましたから、
 
 
「アアッ」
 
 
と言って、正助は後じさりを致し、
 
 
「ヤヤ、先生様かぁ。旦那様かぁ。堪忍なせぇえ」
 
 
と、身を震わして驚きましたが。
 
 
これが眞與太郎の命が助かりますか、どうなりますか。
 
 
ちょっと一息つきまして又申し上げましょう。
 
 
 
 
 
 
十二社権現の滝(*1) 

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新宿十二社 熊野神社 |新宿 神社

 

 

 

 正助が眞與太郎を抱いて十三社権現まで歩いたルート

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