まどゐ。

~ おもゐを嗣ぎ、おもゐを纏ひ、おもゐを遣る ~ 

【改訳 怪談 乳房榎】 第十二講

 

【今日のこよみ】 旧暦2014年 2月 8日 先負  四緑木星

         戌寅 日/戊辰 月/甲午 年 月相 6.8 上弦

         啓蟄 初候 蟄虫啓戸(すごもりむしとをひらく)    

 
【今日の気象】 天気 晴れ 気温 2.3℃ 湿度 40% (大阪 6:00時点)
 
 
 
正助から委細の話を聞きまして、お住持は驚きまして、すぐに村方の世話人へ知らせます。提灯をつけろ、六尺棒を持って来いなど、喧嘩過ぎでの棒ちぎり(*1)とやらで、上を下へと騒ぎまして、正助を案内にして、六七人、弓張提灯(*2)を灯して、落合へ行ってみますと、無残や、正助が申した通り、重信は朱に染まって倒れております。
 
 
お住持はそこは商売柄だけ、すぐにオンアボキャア(*3)をやらかします。
 
 
正助は主人の死体を見るにつけても、おれが手伝ったと思いますから、震えながら口の中で念仏を唱えております。
 
 
「マァ、飛んだ事だって。可愛そうにエエお人だっつた。お年は三十八だ。ナニ、七だって、ヤレヤレ。だが、流石は武士、お武家さまだから死んでも刀へ手を掛けて放さねぇのは感心だョ。ナニ、頭にぶたれた跡があるって、ア、えらく何かでぶったか、憎い奴だ」
 
 
などと言われます度に、正助は胸へ釘を打たれる思いで。
 
 
マァ、何にしろ、死骸を用意して参った棺桶へ収めまして、南蔵院へ一時引き取りましたが、旧幕様の頃でございますから、この由を書面に認めまして、お奉行所へ訴え、ご検視を受けるという手数で、柳島へは四五人でこの由を知らせますと、例のおきせは、びっくりしたの何のと、自分が夫の留守に悪い事を致しておりますから、所謂疵持つ足で、色々な取り越し苦労を致して、涙にくれております。
 
 
その内にご検視も済みましたので、重信の死骸を高田砂利場村より柳島へ引き取りましたが、六月六日という土用の入りから三日目だという暑さでございますから、長くは置けません。
 
 
おきせは、泣きの泪で、まず菩提所へ野辺送りを致しましたが、もとより夫を殺したのは誰が仕業とも、かいくれ分かりません。
 
 
浪江もおれが重信を殺したとは、言いかねますから、口を拭いて、早速、人が参ったから駆けつけまして、空泪をこぼしまして、
 
 
「いずれ私が、師匠の仇を、草を分けても尋ねて、眞與太郎様に討たせます。私が助太刀致す」
 
 
などと、誤魔化して、供に葬式の世話をしておりましたが、待たぬ日は来ますもので、日柄も経ちまして、早くも三十五日も済み、ある日のことでございましたが、撞木橋の磯貝浪江の宅へかの地紙折の竹六を招きまして、馳走などを致して、
 
 
 
「さて、竹六さん。今日、お前をお呼び立てしたのは、別の事では無いが、私も、お前の世話で一旦師匠と致した重信先生も、今度不慮の事で横死(おうし)を遂げられ、申しようもない訳じゃが、お前も知っての通り、まだ奥様が二十四でいらっしゃるから、今から後家を立てるの、尼になって夫の菩提を弔うなどとおっしゃっても、世間でそれは許さぬ。
 
私が思うには、どうかの先生の遺子(わすれがたみ)の眞與太郎さんを可愛がる様な気の優しい人を入夫にして、眞與島の家名を相続させたいと思うが、お前は、まぁ、後の事をどう思っておいでか、腹蔵なく聞きたいのだが、マァ、竹六さん、どう思うえ」
 
 
 
と、横着者のの浪江でございますから、竹六にお前さんが良いと、言わせようという計略。。。。。。。。
 
 
 
「なるほど、今度の一件では、私も肝をつぶしましたが、アノ先生が、ああぃう非業な死に様なんぞをなさるとは、私やァ、お天道様が見逃さないと、私ゃア思いますだが。
 
おっしゃる通り奥様がまだ若いしぃ、御器量ときているから、どうせお一人でいようと思し召したってそうはいかない。
 
御馳走になったから、イェ、これまで私はぁ、あなたは色々頂戴した物もあり、別段に御懇命をいただいた。それで言うのでは決してございませんが、いっそ他から御入夫をお入れなさるなら、私ゃあ、あなたが良い」
 
 
 
「冗談を言っては、相談にならないよ」
 
 
 
「エ、冗談。何で竹六、冗談を申しましょう。お酒を頂戴致したって、まだこれで二銚子。まだ酔うというところへは行きません。素面(しらふ)でございますョ。こう申すとおかしいが、奥様だって、あなたを常不断お誉めだ。あなたならお二つ返事」
 
 
「イヤ、私のような届かない者を、嘘にもそう言っておくれなのは嬉しいが、それは私がいっそ見ず知らずで門弟でなければよい。私が眞與太郎さんがせめて十五になるまで、後見を致して成人を待って引き下がるが、どうも弟子師匠の間柄では何だかそこが変でな」
 
 
「なに変て。そりゃあ、あなた。お気が咎めると言うのだね。あなたが坊っちゃんをお可愛がんなさるから、奥様大喜び。また、あなたが先生のお跡目をお継ぎなされば、この竹六も大喜び。大変に都合が良い」
 
 
「イヤ、それはよしな」
 
 
「イエ、よしません。私がこの事は、引き受けて致します。人の事は、人がお世話をしないではいけません。まぁ、私に、黙って、、、、、お任せなさい」
 
 
と、こっちから頼まないでも、竹六が頻りと世話をしようという様子を見まして、心中に〆(しめ)たと思いました。
 
 
竹六が受け合いましたから、しすましたりと、心中に浪江は笑みを含み、
 
 
「それでは、お前に任せるが。マァ師匠の跡を弟子の私が継げば、冥加に叶った事だから、首尾よくこれが整えば、礼を致すョ」
 
 
「なに、お礼などは決して頂戴しません。平常、ご恩になるこちら様の事。何、雑作もないことで」
 
 
「いえいえ、それはそれ、これはこれだから。少しだが十両進ぜるよ。それに、ソレィ、普段、お前が誉めておいでの、羽織を」
 
 
「へ。あの糸織のですか」
 
 
「糸織の万筋の方」
 
 
「え。あれをくださるって」
 
 
「あれをお礼にあげるつもりサ」
 
 
「頂戴しては済まないが、くださるものなら夏も小袖(*4)。くださるならそれに越したことはございません」
 
 
「それでは、どうか頼むョ」
 
 
「よろしい、よろしゅうございます。細工は粒粒、仕上げを御覧なさい」
 
 
と受け合いまして、竹六は暇を告げ、すぐに柳島のおきせの所へやって来ました。
 
 
「ヘイ、ごめんあそばせ、私でぇ。ヘイ、竹六で。ごきげんよう」
 
 
と、内玄関から上がりまして、葦戸(よしず)を開けまして入ります。
 
 
おきせ、今、眞與太郎を寝かせ付けておりましたが、竹六が参ったと聞きましたら、起き返りまして、
 
 
「チチ、竹六さん、ようおいでなさいました」
 
 
「へぇ、奥様。次第にお淋しゅういらっしゃいましょう。先日は、お門多い中を、私へまでお志の蒸し物を頂戴致しまして。何ともはや、お礼の申し上げようもない」
 
 
「イエ、誠に粗末なもので。もう手がないものですから、何も行き届かないで。それにお前さんには、葬式から引き継いで色々色々、まぁ、お使い立て申して、ろくろくお礼も致さないで」
 
 
「イエイエ、どう致しまして。お礼どころではございません。毎度手伝いに上がるのはよいが、後でいただくとボロを出して、いつでもお花どんの御厄介。イェ、いただけません。お酒をいただくのは人間のクズで」
 
 
「まぁ、そこは敷居越しですから、マァ、こちらの方へ。マァ、ずっとお入りなさい」
 
 
「いえ、お構いくださいますな。へぇ、これはお茶を」
 
 
「悪いので、只今入れ直しますよ」
 
 
「イエ、もうこれでよろしゅう。坊っちゃんはお寝んねで大人しい。実に坊っちゃんの顔を見ますと思い出しますよ、先生様の事を。」
 
 
「もう、これがせめて五つ位でおったら、少しはおとっさまのお顔を覚えておろうかと存じますが、まだ当歳。産まれましたばかり。親の顔も存じないかと思いますと、つい胸が一杯に。。。。。」
 
 
「イヤ、これはとんだ事を申して思い出させ申した。イエ、これは皆約束事で、どうしてあなた、まだまだこれより酷い泣きを致す人がございますよ。マァマア、お諦めが肝心で、お嘆き遊ばすと却って仏様のお為によろしくありません」
 
 
と、おきせが涙を浮かべましたから、こいつは飛んでもない事を言ったと、これから世間話を面白く、ちょっと幇間(ほうかん)(*5)もやるという、竹六でございますから、ようようおきせも元気回復致しました。
 
 
「エ、奥様。私が今日でましたのは、実はちとご相談がありまして」
 
 
「私へのご相談とは、何の事で」
 
 
 
「いえ、他ではございませんが、こう申すと叱られますか知れません。まだ、日柄が経たないのに、そのような事をと、叱られたらそれまで。
 
いえなに、こちら様のお跡目の事でぇ。あなた様だってまだお若くいらっしゃるし、殊に坊ちゃまという御心棒がお残りで、田地や旦那様が御丹精遊ばした家作などもございますから、月々のお世話を焼く男の手が無くっては、そりゃあ困りなさるよ。
 
しかし、それは、人をお頼みなさるとしたところが、他人という奴は、ちょっとは良いが、不実の多いもので、それより私はあなたのお話し相手、、、、、イェ、お後添えをお貰い遊ばすのが、へぇ、、、、、、一番お家のお為に良いかと思います。
 
そこで、この事をあなた様へお勧め申しに上がったのでぇ、あなた」
 
 
 
と、そろそろと勧めかけました。
 
 
おきせは、涙を拭いまして、
 
 
「誠にお前様さんは御親切にそうおっしゃってくだすって」
 
 
「へぇ、なに、御親切とおっしゃっては痛み入るわけで」
 
 
「いえ、もう、本当ならばそう致すのが順道かも知れませんが、旦那も、ああいう非業なお最期を遊ばしました後へ、私一人残りましたならそう致しても良いが、痩せても枯れても男の子の眞與太郎が一人ございますから、これを大きく致して、成人を待ちまして、嫁でも取りまして、この眞與島の跡目を継がせますのが私の了見で、私はもう生涯後家を立てまして、旦那の菩提を弔いますのが望みで」
 
 
と、後は涙に声を詰まらせまして、何か口の内で言うが分かりません。
 
 
「ナナ、なるほど、それは御貞女で、竹六大感心。そうなくってはなりませんわけで。だが、失礼ながらお利口でいらっしゃっても、又そこがご婦人でお心がお狭い。えっ、何故だと言ってご覧じませ。坊ちゃまがお嫁をお取り遊ばす様にご成人なさるのは、今年が御当歳で、それから二つ三つ四つ、、、、、と十七八におなり遊ばしても、まだあなたはお四十ですョ。その長い内には、男手がなくってはいけない御心配があるもので」
 
 
「いえ、それは承知しております」
 
 
 
「そりゃあ御承知でしょう。御承知でいらっしゃいましょう。だがの、そんな御苦労遊ばなくってもよいので。
 
竹六、決して悪いことはお勧め申しません。三十でもお越し遊ばしたらまだしも、二十四位で後家をお立てなさるのは、無駄だ。無駄と申しては済みませんが、却ってよろしくない。
 
私は一本槍にお跡へお入り遊ばして、お家のお為というのは、浪江様だね。あのお方くらい万事にお気の付く御聡明な方はないね。それに坊ちゃまを第一お可愛がんなさるから、これが何よりだで。
 
だが、お弟子だからどうも」
 
 
 
「ほんとうに浪江様なら。。。。それでもまさかあのお人を。。。。。。」
 
 
「ヘェ、なに。浪江様を、エ、あなた、まさかあのお人を。。。。ヘェェ、少しはお思し召しが。いえ、なに、私がお勧め申す位ですから。まずこう見まわした所では、あのお方様ならお互いにお心もお知り合いなすっていらっしゃるから出ず入らずで。それに元が谷出羽守様のご家来で、百五十石も取ったお方で」
 
 
と、しきりに浪江の事を誉めそやしまして勧めます。
 
 
如才ない悪党の浪江でございますから、おきせともかねて話が出来ておる事で、互いに相談づくでは、他人の口も面倒ゆえ、竹六から勧めさせて、人が寄ってたかって入夫にさせる様に仕掛けますのだから、きせも
 
 
「兎も角も正助に相談してお返事しましょう」
 
 
と、十の物なら八九分まで承知しそうな塩梅ですから、竹六は糸織の羽織と十両〆(しめ)たと思い、喜びましてその日は帰りました。
 
 
おきせは、この事を正助に相談しますと、かねて落合で自分の主人まで、手伝って殺した事のある正助でございますから、それは悪いとは言えない。
 
 
「それは至極良い。旦那様もそうなすったら草葉の陰でさぞ喜んでございましょう」
 
と、生返事を致しますから、他に親類縁者の無い事で、たちまちこれに話がまとまりまして、重信の四十九日が済みますとすぐに、人減らしだというので長くおった下女のお花に暇をやりまして、竹六が仲人なり橋渡しなりで、婚礼などという儀式をしませんで、所謂ズルズルのべったりに。
 
 
とうとう、浪江が乗り込みまして、おきせの後添えになり、撞木橋の家から荷物を柳島へ運びなど致して、重信が蓄えておりました結構な道具やら田地までを、手も濡らさずに我が物に致したとは、中々な悪者で、おきせも又、現在本夫(おっと)を殺した仇とは知らずに入夫に致したのも、これが所謂因果同士で。
 
 
ただ、心持ちの良くないのは正助でございまして、おきせと浪江が睦ましいのを見ます度に心の内で念仏を唱えて、ポロリポロリ涙をこぼしておりますが、最初悪事に加担を致したから、暇をくれと言ってもそんならやろうとは言うまい、といって向こうからは世間へ向かってしゃべりでもされては身の上ですから、なお暇にはしない。一生飼い殺しにされるかと思うと針のムシロに座します心地で、面白くない。
 
 
その年も暮れまして、宝暦の三年となりました。何事もないちょうど七月の初めからおきせが酸い物が欲しいと言いまして懐妊の様子だ。
 
 
九月の頃には、乳が上がってしまいましたから、まだ二歳の眞與太郎が、母の乳が出ませんからむずりまして、夜などはろくろく寝ませんで、ビィビィ泣き続けでございますから、浪江はうるさくってたまりません。
 
 
ある日の事、浪江は正助を連れまして、亀井戸の巴屋(ともゑや)という料理茶屋へ参りました。
 
 
普段ちょくちょく参ります店ですから、
 
 
「奥の離れが良いョ、あそこへ御案内を申しな」
 
 
などと、取り扱いがよろしい。
 
 
浪江は誂(あつら)え物をいたし、猪口を取り上げまして正助に差し、
 
 
「正助、まだまだ残暑が強いのぅ」
 
 
「へぇ、まだ暑うごぜぇやす」
 
 
 
「暑い時は酒を呑むと猶暑くなるだろうなどと、下戸の人は言うがのぅ、それはそうょ、酒を呑むと腹内へ、燃える物が入るのだから温ったかくなる道理で。随分熱するが、しかし、良い心持ちに酔っておる内はただ暑さを忘れるから不思議だ。
 
ササァ、今日は一つ呑むが良い。ナニそんなに堅苦しく畏まっておるには及ばん。良いから膝を崩せ。ナニ暑い、暑ければ後ろの唐紙を取って。さぁ、胡坐をかけ、あぐらをかけ、正助」
 
 
「へぇ」
 
 
「一年経つのは早いものだが、去年の六月六日の夜、それ、落合の田島橋で師匠の重信を貴様が助太刀で、ナニ、大きな声だ、ナニ、良い、誰も参りはせん。首尾よく殺して、ただいまではこうして眞與島の跡を継いでいるが、手前も知っておる通り。とうとう我が胤(たね)を宿した、おきせが懐妊致した。それにつけて手前に折り入って頼みがある」
 
 
 
 
 
 
 
 
喧嘩過ぎでの棒ちぎり(*1)
けんかが終わってから棒切れを持ち出すこと。時機に遅れて効果のないことのたとえ。争い果てての千切り木。

喧嘩過ぎての棒千切り とは - コトバンク

 
 
 
弓張提灯(*2)

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弓張提灯には球形と円筒形のものがあるが,いずれも竹弓の弾力を利用して火袋を上下に張って安定させたもので,敏速な行動にもぶらついたり,火が消えたりしない。初め武士によって利用されたが火消人足,御用聞なども使用するようになった。…
 
オンアボキャア(*3)
光明真言(こうみょうしんごん)は、正式名称は不空大灌頂光真言(ふくうだいかんぢょうこうしんごん)という密教真言である。
 
 
くださるものなら夏も小袖(*4)
小袖は絹の綿入れのことで、夏には不用のもの》もらえる物なら役に立たない物でももらう。欲深いたとえ。夏も小袖。
 
 
 
幇間(ほうかん)(*5)

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幇間(ほうかん、たいこ)は、宴席やお座敷などの酒席において主や客の機嫌をとり、自ら芸を見せ、さらに芸者舞妓を助けて場を盛り上げる職業。歴史的には男性の職業である。