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まどゐ。

~ おもゐを嗣ぎ、おもゐを纏ひ、おもゐを遣る ~ 

【怪談牡丹灯篭 七】 妖気の中に差す一条の陽気 之編

 

【今日のこよみ】 旧暦2014年 1月 26日友引  四緑木星

         丁卯 日/丁卯 月/甲午 年 月相 25.2

         雨水 次候 霞始靆(かすみはじめてたなびく)   

 

【今日の気象】 天気 晴れ 気温 4.2℃ 湿度 57% (大阪 6:00時点) 

 

【前回のあらすじ】

人間世界に妖気が増しゃあ、百鬼供がうごめき出す。ある日、恋に患う新三郎のもとに、知己(ちかづき)の山本志丈が訪ね、平左衛門がお嬢お露と、その女中お米(よね)の死を告げる。悲嘆に暮れて念仏三昧にはまる新三郎、そのお嬢の初盆の夜、死んだはずのお米とお露に邂逅す。お米が言うにゃあ、お露と新三郎の仲を裂きたい邪鬼の策略に、お人よしが新三郎、まんまとはまっただけとのこと。盆の夜中に連夜の、お露と新三郎の妖しい同衾(どうきん)。その妖しさがさざ波を立て、孫店(まごたな)の伴蔵を引き寄せた。一方、平左衛門が家内に、うごめく悪鬼の正体をしかと見た奉公人考助は、一途な心の中に、篤いおもゐを秘めていた。

 

 

飯島家にては忠義の考助が、お國と源次郎が悪だくみを、一部始終を立ち聞き致しまして、考助は自分の部屋へ帰り、もうこれまでと思い詰め、姦夫姦婦を殺すより、他に手立てはなしと、忠心一途に思い込み、それについては、たといおれが死んでも、このお屋敷から一歩も外に出まい、殿様に御別条のないように仕えようと、ここから加減が悪いと、ひきこもっていた。

 

翌朝になりますと殿様はお帰りになり、残暑の強い時分でありますから、お國は殿様のおそばで、出来たてのお供えのように、団扇であおぎながら、

 

「殿様御機嫌よろしゅうに、私はもう殿様にお暑さのお当たりでもなければよいと、毎日心配ばかりでございます」

 

「留守へ誰も参りは致さなかったか」

 

「おのぉ、相川様がちょっとお目通りが致したいとおっしゃって、お待ち申しております」

 

「ほウ相川新五兵衛がか、また医者でも頼みに参ったのかも知れん、いつもながらそそっかしい爺さんだよ、まぁこちらへ通せ」

 

と言っていると相川は

 

「へぃ御免下さいまし」

 

と遠慮もなく、案内も乞わず、ズカズカ奥へ通り、

 

「殿様お帰り遊ばせ、御機嫌様、誠に存外の御無沙汰を致しました。いつも相変わらず御番疲れもなく、にちにち御苦労さまに存じます、ほんに厳しい残暑でございます」

 

「誠に暑いこと、で、おとくさまの御病気はいかがでござるな」

 

「娘の病気もいろいろと心配も致しましたが、何分にも捗々しく参りませんで、それについて誠にどうも、、、、アアァ暑い。お國さま先達ては誠に御馳走様に相成りまして有難う、まだ礼もろくろく申し上げませんで、へぇ、、、アァ暑い、暑い、誠に暑い、どうも暑いぃ」

 

「まア少し落ち着けば、風が入って随分涼しくなります」

 

「折り入って殿様にお願いのことがございまして、まかり出ました、どうかお聞き済みを願いまする」

 

「はてはて、どういう事で」

 

「お國様やなにかには少々お話が出来かねますから、どうか御近習の方々を皆遠ざけて戴きとう存じます」

 

「左様かよろしい、皆あちらへ参り、こちらへ参らんようにするがよろしい。シテどういうことかな」

 

「さて殿様、今日わざわざ出ましたは折り入って殿様にお願い申したいは、娘の病気のことについてでございます。

御存じの通りあの病気も永いことで、私もいろいろと心配致しましたけれども、病の様子が判然とわかりませんでしたが、ようようナ昨晩当人が私の病は実はこれこれの訳だと申しましたから、なぜ早く言わん、けしからん奴だ、不孝者であると小言を申しましたが、あれは七歳の時母に別れ今年十八まで男の手に丹精にして育てましたにより、あの通りの初心(うぶ)な奴で何も分からん奴だから、そこが親馬鹿の例えの通りですが、殿様訳を申してもお笑い下さるな、お蔑(さげす)み下さるな」

 

「デ、どういう病気で」

 

「手前一人の娘でございますから、早くナ婿でももらい、楽隠居がしたいと思い、日ごろ信心気のない私なれども、娘の病気を治そうと思い、夏とはいいながらこの老人が水を浴びて神仏へ祈るくらいの訳で。

ところが、昨夜娘が言うには、私の病気は実はこれこれと言いましたが、そのことは乳母にも言わないくらいな訳ですが、そこが親馬鹿の例え通り、お蔑み下さるな」

 

「シテ、どういう病気ですな」

 

「私もだんだんと心配を致しまして、どうか治してやりたいと心得、いろいろ医者にもかけましたが、知れない訳で、こればかりは神にも仏にも仕様がないので、なぜ早く言わんと申しました」

 

「どういう訳で」

 

「誠に申しにくい訳で、お笑いなさるな」

 

「何だかさっぱりと訳が分かりませんよ」

 

「実は殿様が日ごろお誉めなさるこちらの考助殿、あれは忠義な者で、以前はしかるべき侍の胤(たね)でござろう、今は落ちぶれて草履取をしていても、志は親孝行のものだ、可愛いものだと殿様がお誉めなされ、あれには兄弟も身よりもない者だから、ゆくゆくはおれが里方に成って他へ養子にやり、相応な侍にしてやろうとおっしゃいますから、私も折々うちの家来善蔵などに、飯島様の考助殿を見習えと叱りつけますものだから、台所のおさんまでが考助殿は男ぶりも人柄もよし、優しいと誉め、乳母までがかれこれ誉めはやすものだから、娘も、殿様お笑いくださるな、あア私は汗の出るほど恥入ります。

実は前より娘があの考助殿を見初め、恋患いをして居ります、誠に面目ない、それを婆アにも言わないで、ようやく昨夜になって申しましたから、なぜ早く言わん、一合取っても武士の娘という事が浄瑠璃本にもあるではないか、侍の娘が男を見初めて恋患いなどとは不孝ものめ、たとい一人の娘でも手打ちにするところだが、しかし紺看板に真鍮巻きの木刀を差した見る影もない者に惚れたというのは、考助殿の男ぶりのいいのに惚れたか、又は姿のいいのに惚れ込んだかと難じてやりました。

そうすると娘がお父さま実は考助殿の男ぶりにも姿にも惚れたのではございません、他にただ一つの見所がありますからとこう言いますから、どこに見所があると聞きますと、あのお忠義が見所でございます、主へ忠義のお方は、親にも孝行でございましょうねぇ、と言いましたから、それは親に孝なるものは主へ忠義、主へ忠なるものは親へは必ず孝なるものだと言いますと、娘が私の家はお高は僅か百俵二人扶持ですから、他家から御養子をしてお父様が御隠居をなさいましても、もしその御養子が心の良くない人でも来たその時は、こちらの高が少ないから、私の肩身が狭く、ついにはそれがために私までが、供にお父様を不幸にするように成っては済みません。

私も只今まで御恩を受けましたによりどうか不孝をしたくない、つきましてはたとい草履取でも家来でも志の正しい人を養子にして、夫婦もろ共親に孝行を尽くしたいと思いまして、考助殿を見初め、寝ても覚めても諦められず、遂に病になりまして誠に相済みません、と涙を流して申しますから、私も至極もっともの様にも聞こえますから、兎に角お願いに出て、殿様から考助殿を申し受けて来ようと言って参りましたが、どうかあの考助殿を手前の養子に下さるように願います」

 

「それはまア有り難いこと、差し上げたいね」

 

「ナナニ下さるとな、ああ有り難かった」

 

「だが一応当人へ申し聞きましょうぞ、さぞ喜ぶ事で、考助が得心の上でしかと御返事申し上げましょう」

 

「考助殿はよろしい。あなたさえうんとおっしゃって下さればそれでよろしい」

 

「私が養子に参るのではありませんから、そうはいかない」

 

「考助殿はいやと言う気遣いは決してありません、ただ殿様から考助行ってやれとお声掛けをお願いします。あれは忠義者だから、殿様のお言葉は背きません。私も当年五十五歳で、娘は十八になりましたから早く養子をして身体を固めてやりたい、殿様どうか願います」

 

「よろしい、差し上げましょう。御胡乱(ごうろん)におぼしめすならば金打(きんちょう)でも致そうかね」

 

「そのお言葉ばかりで沢山、有難うございます。早速娘に申し聞けましたら、さぞ喜ぶ事でしょう。これが殿様が考助に一心申し聞けて返事をするなどとおっしゃると、又娘が心配して、たとい殿様が下さる気でも考助殿がどうだかなどと申しましょうが、そうはっきり事が決まれば、娘は嬉しがって飯の五六杯位も食べられ、一足飛びに病気も全快致しましょうぞ。

善は急げの例えで、明日御番帰りに結納の取り交せを致しとう存じますから、どうか考助殿をお供に連れてお出でください、娘にもちょっと逢わせたい」

 

「まア一献差し上げるから」

 

と言っても相川は大喜びで、汗をダクダク流し、早く娘にこのことを聞かせとうございますから、今日はお暇を申しましょうと言いながら帰ろうとして、

 

「アイタタ、柱に頭をぶっつけた」

 

「そそっかしいから誰か見てあげな」

 

飯島平左衛門も心嬉しく、鼻高々と、

 

「考助を呼べ」

 

「考助は不快で引いております」

 

「不快でもよろしい、ちょっと呼んで参れ」

 

「お竹どん、お竹どん、考助をちょっと呼んでおくれ、殿様が御用がありますと」

 

「考助どん、考助どん、殿様が召しますよ」

 

「へぃへい只今上がります」

 

と言ったが、額に疵があるから出られません。けれども忠義の人ゆえ、殿様の御用と聞いて額の傷も打ち忘れて出て参りました。

 

「考助ここへ来い、ここへ来い、皆はあちらへ参れ、誰も参る事はならんぞょ」

 

「大分お暑うございます、殿様は毎日の御番疲れもありは致すまいかと心配をいたしておりまする」

 

「そちは加減が悪いと言って引きこもっているそうだが、どうじゃな、手前に少し話したいことがあって呼んだのだ。

他の事でもないが、水道端の相川におとくという今年十八になる娘があるナ、器量も人並みにすぐれことに孝行もので、あれが手前の忠義の志に感服したと見えて、手前を思い詰め、患っているくらいな訳で、是非手前を養子にしたとの頼みだから行ってやれ」

 

と考助の顔を見ると、額に傷があるから、

 

「考助どう致した、額の傷は」

 

「へぃ、、へぃ」

 

「喧嘩でもしたか、不埒な奴だ。出世前の大事の身体、ことに面体に疵を受けているのではないか、わたくしの遺恨で身体に疵を付けるなどとは不忠者めが。これが一人前の侍なれば再び門をまたいで屋敷へ帰る事は出来ぬぞ」

 

「喧嘩を致しのではございません。お使い先で宮部様の長屋下を通りますと、屋根から瓦が落ちて額に当たり、かような怪我を致しました、悪い瓦でございます、お目障りに成って誠に恐れ入ります」

 

「屋根瓦の傷ではないようだぞ、まアどうでもいいが、しかし必ず喧嘩などをして疵を受けてはならんぞよ。

手前はまっすぐな気性だが、向こうが曲がって来ればまっすぐに行くことは出来まい、それだからそこを避けて通るようにすると広い所へ出られるものだ、何にも堪忍をしなければいけんぞ、堪忍の忍の字は刃の下に心を書く、一ツ動けば胸を刻むごとく何でも我慢が肝心だぞよ、奉公するからは主君へ上げ置いた身体、主人へ上げると心得て忠義を尽くすのだ、決して軽はずみの事をするな、曲がった奴には逆らうなよ」

 

 という意見がいちいち胸に応えて、考助はただへいへい有難うございますと泣く泣く、

 

「殿様来月四日に中川へ釣りにいらっしゃると承りましたが、この間のお嬢様がお亡くなり遊ばして間もない事でございますから、どうか釣りをお止め下さいますように、もしも怪我があってはいけませんから」

 

「釣りが悪ければやめようよ、決して心配するな、今言った通り相川へ行ってやれよ」

 

「どちらかへお使いに参るのですか」

 

「使いじゃあない、相川の娘が手前を見初めたから養子に行って遣れ」

 

「へえ成るほど、相川様へどなたが養子になりますのですね」

 

「なアに手前が行くのだ」

 

「私は嫌でございます」

 

「べらぼうな奴だ手前の身の出世になる事だ、これほど結構なことはあるまい」

 

「私はいつまでも殿様の側に生涯へばりついております、ふつつかながら片時も殿様のお側を放さずお置き下さい」

 

「そんな事を言っては困る、おれがもう請けをした、金打もしたから仕方がない」

 

「金打をなさっても行けません」

 

「それじゃアおれが相川に済まんから腹を切らねばならん」

 

「腹を切っても構いません」

 

「主人の言葉に背くなら永の暇を出すぞ」

 

「お暇に成っては何もならん、そういう訳でございますならば、ちょっと一言ぐらいこういう訳だと私に話して下さってもよろしいのに」

 

「それは俺が悪かった。この通り板の間へ手を突いて謝るから、行ってやれ」

 

「そうおっしゃるなら仕方ありませんから取りきめだけしておいて、身体は十年が間参りますまい」

 

「そんな事が出来るものか。明日結納を取り交わすつもりだ。向こうでも来月初旬に婚礼を致すつもりだ」

 

との事を聞いて考助の考えまするに、おれが養子に行けば、お國と源次郎と両人で殿様を殺すに違いないから、今夜にも両人を槍で突き殺し、その場でおれも腹をかき切って死のうか、そうすればこれが御主人様の顔の見納め、と思えば顔色も青くなり、主人の顔を見て涙を流せば、

 

「わからん奴だな、相川へ参るのはそんなに嫌か、相川はつい鼻の先の水道端だから毎日でも行き来の出来るところ、何も気遣う事はない、手前は気が強いようでもよく泣くなア、男子たるべきものがそんな意気地がない魂ではいかんぞよ」

 

「殿様私はこちら様へ三月五日に御奉公に参りましたが、ほかに兄弟も親もない奴だとおっしゃって目をかけて下さる、その御恩のほどは私は死んでも忘れは致しませんが、殿様はお酒を召上ると正体なく御寝なさる、又召上らなければ御寝なられません故、少し控えて下さい。

余りよく御寝なると、どんな英雄でも、随分悪者の為にいかなる目に合うかも知れません、殿様決して御油断はなりません、私はそれが心配でなりません、それから藤田様から参りましたお薬は、どうか隔日に召上って下さい」

 

「なんだナ、遠国へでも行くような事を言って、そんな事は言わんでもいいわ」

 

 

 

哀しき百鬼夜行 之編に続く