まどゐ。

~ おもゐを嗣ぎ、おもゐを纏ひ、おもゐを遣る ~ 

【怪談牡丹灯篭 四】 真昼の夢 之編

【今日のこよみ】旧暦2014年 1月 25日先勝  四緑木星

         丙寅 日/丁卯 月/甲午 年 月相 24.2

         雨水 次候 霞始靆(かすみはじめてたなびく)  

 

【今日の気象】 天気 晴れ 気温 0.9℃ 湿度 54% (大阪 6:00時点) 

 

【前回のあらすじ】

ご直参の旗本 飯島平左衛門は妻を亡くし、その寂しさからか女中のお國を妾にしていた。このお國は娘のお露を別宅に押しやり、やりたい放題。そんなさ中、飯島家に一人の青年 考助が奉公に来た。考助の働き振りが家内で評判となり、飯島が考助に話しかけていると、考助の出生を知ることとなる。何と、考助は自分が若かりし頃に斬り捨てた黒川考蔵の息子であり、父親の仇を取るために剣術を身につけようと名人の飯島家に奉公に来たことを知る。人間の縁(えにし)は摩訶不思議なもの。またその頃、同時進行で、別の縁が飯島家をとり巻いていた。別宅に住んでいる娘のお露が、ひょんなことから浪人萩原新三郎と出会い、前世からの宿縁強く、あっと言う間に思い合う仲となってしまったのだ。

 

 

 

さて、萩原新三郎は山本丈志と一緒に臥龍梅へ梅見に連れられて、その帰るさに、かの飯島の別荘に立ち寄り、ふとそこの嬢様の姿を思い詰め、互いにただ手を手拭の上から握り合ったばかりで、実に枕を並べて夜を伴にしたよりもなお深く思い合いました。

 

昔のものは、こういうことに固うございました。ところが、当節のお方はちょっと洒落半分に

 

「君ちょっと来たまえ、雑魚寝しよう」

 

と、男が言えば、女の方で

 

「おふざけでないでよ」

 

又男のほうでも

 

「そう、君のように言っては困るねえ、いやならいやとはっきり言い給え、いやなら他に行くまでよ」

 

と空家か何かを探す気になっている位なものでございますが、萩原新三郎はあのお露どのと、更にイヤラシイ事は致しませんでしたが、実に枕を並べて一ツ寝でも致したごとく思い詰めていましたが、新三郎は奥手でございましたものですから、一人で逢いに行くことなんぞ出来ません。

 

逢いに行って、もし万一飯島の家の家来にでも見つけられてはと思えば行く事もならず、志丈が来れば是非お礼かたがた行きたいものだと思っておりましたが、志丈は一向に参りません。志丈も中々さるものゆえ、あの時萩原とお嬢との様子がおかしいから、もし万一のことがあって、事のあらわれた日には大変、坊主首を斬らにゃあならん、これは険呑、君子危うきには近寄らずというから行かぬ方がいいわいと、二月三月四月と過ぎても一向に志丈が訪ねてきません。

 

新三郎は、独りくよくよお嬢のことばかり思い詰めて、食事もろくろく進みませんでおりますと、ある日の事、孫店(まごたな)に夫婦暮らしで住む伴蔵と申す者が訪ねて参り、

 

「旦那様、このごろは貴方様はどうないさいました。ろくろく御膳も上がりませんで、今日はお昼も上がりませんなぁ」

 

「ああ、食べないよ」

 

「上がらなくっちゃアいけませんよ。今の若さに一膳半くらいの御膳が上がれんとは、私なんぞ親椀で山盛りにして五六杯も食わなくっちゃア、ちっとも物を食べたような気持ちが致しやせん。あなた様は、ちっとも外出をなさいませんな、この二月でしったけな、山本さんと御一緒に梅見にお出かけに成って、何か洒落をおっしゃいましったけナ、ちっと御保養をなさいませんと本当に毒ですよ」

 

「伴蔵、貴様はあのぉ釣りが好きだったけな」

 

「へぃ、釣りは好きのなんのッて、本当におまんまよりも好きでございますョ」

 

「左様か、そうならば一緒に釣りに出かけようかのう」

 

「あなたは確か釣りはお嫌いではありませんか」

 

「何だか急にムカムカと釣りが好きになったょ」

 

「へぃ、むかむかとお好きになって、そんでどちらへ釣りにいらっしゃるお積りで」

 

「そうさナ、柳島の横川で大層釣れるというからあすこへ行こう」

 

「横川というのはあの中川へ出るところですかえ、あんなところで何が釣れますぇ」

 

「大きなカツオが釣れるとよ」

 

「馬鹿なことをおっしゃい、川で鰹が釣れますものかね、たかだかハゼかボラぐらいのものでございやしょう、とんも角にもいらっしゃるならばお供をいたしやしょう」

 

と、弁当の用意を致し、酒を吸筒へ詰め込みまして、神田の昌平橋の船宿から漁夫を雇い乗り出しましたけれども、新三郎は釣りはしたくないが、ただ飯島の別荘のお嬢の様子を垣の外からなりとも見ましようとの心組みでございますから、新三郎は持ってきた吸筒の酒にグッスリと酔って、舟の上で寝込んでしまいましたが、伴蔵は一人で日の暮れるまで釣りを致しておりましたが、新三郎が寝たようですから、

 

「旦那ぇ旦那ぇお風邪をひきますょ、五月頃はとにかく冷えますから、旦那ぇ旦那ぇ、是はあまり酒をお勧めすぎたかな」

 

新三郎はふと見ると横川のようですから、

 

「伴蔵ここはどこだぃ」

 

「へいここは横川です」

 

と言われて、かたえの岸辺を見ますと、二重の建仁寺の垣に潜り門がありましたが、ここは確かに飯島の別荘のあたりと思い、

 

「伴蔵やちょっとあっち岸へ着けてくれ、ちょっと行って来る所があるから」

 

「こんな所へ着けてどちらへいらっしゃるのですえ、あちきも御一緒に参りましょう」

 

「お前はここで待っていなよ」

 

「だってその為の伴蔵ではございませんか。お供を致しやしょう」

 

「野暮だのう、色にはなまじツレは邪魔だよ」

 

「イヨお洒落でゲスね、ようガスねぇ」

 

という途端に岸に舟を着けましたから、新三郎は飯島の門のところへ参り、ブルブル震えながらそっと家の様子をのぞき、門が少しあいているところから押して見ると開いたから、ずっと中へ入り、かねて勝手を知っている事ゆえ、だんだんと庭伝いに参り、泉水縁に赤松の植えてあるところから生垣について回れば、ここは四畳半のあの嬢様の部屋でございました。

 

お露も同じ思いで、新三郎に別れてからそのことばかり思い詰め、三月からわずらっておりますところへ、新三郎は折戸のところへ参り、そっとうちの様子をのぞき込みますと、うちでは嬢様は新三郎のことばかり思い続けて、誰を見ても新三郎のように見えるところへ、本当の新三郎が来たことゆえ、ハッと思い、

 

「貴方は新三郎様か」

 

といえば、

 

「静かに静かに、その後は大層に御無沙汰を致しました、ちょっとお礼に上がるんでございましたが、山本志丈があれぎり参りませんものですから、私一人では何分間が悪くって、よう上がりませんだった」

 

「よくまぁいらっしゃいました」

 

ともう恥ずかしいことも何も忘れてしまい、無理に新三郎の手を取って上がり遊ばせと、蚊帳の中へ引きずり込みました。

 

お露はただもう嬉しいのが込み上げて、ものが言われず、新三郎の膝に両手を突いたなりで、嬉し涙を新三郎の膝にホロリとこぼしました。これが本当の嬉し涙です。他人の所へ悔みに行ってこぼす悔み涙とは違います。新三郎ももうこれまでだ、知れても構わんと心得、蚊帳のうちで互いに嬉しき涙をかわしました。

 

「新三郎さま、これは私の母さまから譲られました大事な香箱でございます。どうか私の形見と思し召しお預かり下さい」

 

と差し出す手を取って見ますと、秋野に虫の象眼入りの結構な品で、お露はこの蓋を新三郎に渡して、自分はその身の方を取って互いに語り合う所へ、隔てのふすまをサラリと引き開けて出て来ましたは、お露の親御飯島平左衛門様でございます。

 

両人はこの体を見てハッとばかりにびっくり致しましたが、逃げることもならず、ただウロウロして居るところへ、平左衛門は雪洞(ぼんぼり)をズバッと差つけ、声を怒らし、

 

「コレ露これへ出ろ、又貴様は何奴だ」

 

「へぃ、手前は萩原新三郎と申す粗忽の浪士でございます。誠に相済みません事を致しました」

 

「露、手前はヤレ國がどうのこうの言うの、親父がやかましいの、どうか閑静なところへ行きたいのと、さまざまなことを言うから、この別荘に置けば、かようなる男を引きずり込み、親の目を掠めて不義を働きたい為に閑地へ引き込んだのであろう、これかりそめにも天下御直参の娘が、男を引き入れるという事がパッと世間に流布致せば、飯島は家事不取締だと言われ家名を汚し、第一御先祖へ対して相済まん、不孝不義の不届き者めが、手打ちにするから左様心得ろ」

 

「しばらくお待ち下さい。そのお腹立ては重々ごもっともでございますが、お嬢様が私を引きずり込み不義を遊ばしたのではなく、手前がこの二月初めて罷り出まして、お嬢様をそそのかしたので、全く手前の罪でお嬢様には少しもお咎はございません。どうぞ嬢様はお助けなさって私を」

 

「いいえ、おとッ様私が悪いのでございます。どうぞ私をお斬り遊ばして、新三郎様をばお助け下さいまし」

 

と互いに死を争いながら平左衛門のそばへすり寄りますと、平左衛門は剛刀をスラリと引き抜き

 

「誰彼と容赦はしない。不義は同罪。娘から先へ斬る。観念しろ」

 

と言いさま片手なぐりにヤッと下した腕の冴え、島田の首がコロリと前へ落ちました時、萩原新三郎はアッとばかりに驚いて前へのめるところを、頬よりあごへかけてズンっと斬られ、ウーンと言って倒れる。

 

 

 

 

 

「旦那ぇ旦那ぇ大層うなされていますね。恐ろしい声をしてびっくりしました。風邪をひくといけませんよ」

 

と言われて、新三郎はやっと目を覚まし、ハァとため息をついているから、

 

「どうなさいましたか」

 

「伴蔵やおれの首が落ちていないかぃ」

 

と問われて

 

「そうですねぇ、船べりで煙管を叩くとよく雁首が川の中へ落っこちて困るもんですねぇ」

 

「そうじゃアない。おれの首が落ちてはいないかという事よ、どこにも傷がついてはいないかぇ」

 

「何を御冗談をおっしゃる。傷も何も有りは致しません」

 

という。新三郎はお露にどうしても逢いたいと思い続けているものだから、そのことを夢に見てびっしょり汗をかき、これは縁起が悪いから早く帰ろうと思い、

 

「伴蔵早く帰ろう」

 

と舟を急がして帰りまして、舟が着いたから上がろうとすると、

 

「旦那、ここにこんな物が落ちております」

 

と差し出すを新三郎が手に取り上げて見ますれば、飯島の娘と夢のうちにて取り交わした、秋野に虫の模様についた香箱の蓋であったから、ハッとばかりに奇異の思いを致し、どうしてこの蓋が我が手にある事かとびっくり致しました。

 

 

邪(よこしま)なる風 之編につづく